後世への最大遺物 / 第二回・文学は独立的の事業である
それで金も遺すことができず、事業も遺すことができない人は、かならずや文学者または学校の先生となって思想を遺して逝くことができるかというに、それはそうはいかぬ。しかしながら文学と教育とは、工業をなすということ、金を溜めるということよりも、よほどやさしいことだと思います。なぜなれば独立でできることであるからです。ことに文学は独立的の事業である。今日のような学校にてはどこの学校にても、Mission School を始めとしてどこの官立学校にても、われわれの思想を伝えるといっても実際伝えることはできない。それゆえ学校事業は独立事業としてはずいぶん難い事業であります。しかしながら文学事業にいたっては社会はほとんどわれわれの自由に任せる。
書き下し
それで金も遺すことができず、事業も遺すことができない人は、かならずや文学者または学校の先生となって思想を遺して逝くことができるかというに、それはそうはいかぬ。しかしながら文学と教育とは、工業をなすということ、金を溜めるということよりも、よほどやさしいことだと思います。なぜなれば独立でできることであるからです。ことに文学は独立的の事業である。今日のような学校にてはどこの学校にても、ミッションスクールを始めとして、どこの官立学校にても、われわれの思想を伝えるといっても実際伝えることはできない。それゆえ学校事業は独立事業としては、ずいぶん難い事業であります。しかしながら文学事業にいたっては、社会はほとんどわれわれの自由に任せる。
現代語訳
では、金も遺せず事業も遺せない人は、必ず文学者か学校の先生になって思想を遺して逝けるかというと、そうはいきません。しかし文学と教育は、工業を営むことや金を溜めることよりは、よほどやさしいことだと思います。なぜなら一人でできることだからです。とくに文学は独立した事業です。今日のような学校では、ミッションスクールをはじめどの官立学校でも、自分の思想を伝えると言っても実際には伝えられません。ですから学校の仕事は、独立した事業としてはずいぶん難しい事業です。しかし文学の仕事となると、社会はほとんど私たちの自由に任せてくれます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・これを散ずれば明なりこれを集むれば暗なり私にありては智なり、官にありては愚なり。これを散ずれば明なり、これを集むれば暗なり。政府は衆智者の集まるところにして、一愚人の事を行なうものと言うべし。あに怪しまざるを得んや。畢竟その然る所以は、かの気風なるものに制せられて、人々みずから一個の働きを逞しゅうすること能わざるによりて致すところならんか。維新以来、政府にて学術、法律、商売等の道を興さんとして効験なきも、その病の原因はけだしここにあるなり。しかるにいま一時の術を用いて下民を御し、その知徳の進むを待つとは、威をもって人を文明に強ゆるものか、しからざれば欺きて善に帰せしむるの策なるべし。政府威を用うれば人民は偽をもってこれに応ぜん、政府欺を用うれば人民は容を作りてこれに従わんのみ。これを上策と言うべからず。たといその策は巧みなるも、文明の事実に施して益なかるべし。ゆえにいわく、世の文明を進むるには、ただ政府の力のみに依頼すべからざるなり。
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司馬法・定爵将は身なり、卒は支(し)なり、伍は指拇(しぼ)なり。
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言志四録・南洲手抄三軍和せずば、以て戦を言ひ難し。百官和せずば、以て治を言ひ難し。書に云ふ、寅を同じうし恭を協せ和衷せよやと。唯だ一の和字、治乱を一串す。
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『学問のすゝめ』四編・学者の職分を論ず・一身両頭あるがごとし試みにその一を挙げて言わん。今、在官の人物少なしとせず、私にその言を聞きその行を見れば、おおむねみな闊達大度の士君子にて、わが輩これを間然する能わざるのみならず、その言行あるいは慕うべきものあり。また一方より言えば平民といえども悉皆無気無力の愚民のみにあらず、万に一人は公明誠実の良民もあるべし。しかるに今この士君子、政府に会して政をなすに当たり、その為政の事跡を見ればわが輩の悦ばざるものはなはだ多く、またかの誠実なる良民も、政府に接すればたちまちその節を屈し、偽詐術策、もって官を欺き、かつて恥ずるものなし。この士君子にしてこの政を施し、この民にしてこの賤劣に陥るはなんぞや。あたかも一身両頭あるがごとし。
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李衛公問対・卷上兵卒に制有れば、庸将と雖も未だ敗れず。若し兵卒自ら乱るれば、賢将と雖も之を危うくす、又た何ぞ疑わんや。
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言志四録・南洲手抄信上下に孚す、天下甚だ処し難き事無し。