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後世への最大遺物 / 第二回・クラーク先生の化の皮

これはわれわれが深く考うべきことで、われわれが学校さえ卒業すればかならず先生になれるという考えを持ってはならぬ。学校の先生になるということは一種特別の天職だと私は思っております。よい先生というものはかならずしも大学者ではない。大島君もご承知でございますが、私どもが札幌におりましたときに、クラーク先生という人が教師であって、植物学を受け持っておりました。その時分にはほかに植物学者がおりませぬから、クラーク先生を第一等の植物学者だと思っておりました。この先生のいったことは植物学上誤りのないことだと思っておりました。しかしながら彼の本国に行って聞いたら、先生だいぶ化の皮が現われた。かの国のある学者が、クラークが植物学について口を利くなどとは不思議だ、といって笑っておりました。

書き下し

これはわれわれが深く考うべきことで、われわれが学校さえ卒業すれば、かならず先生になれるという考えを持ってはならぬ。学校の先生になるということは、一種特別の天職だと私は思っております。よい先生というものは、かならずしも大学者ではない。大島君もご承知でございますが、私どもが札幌におりましたときに、クラーク先生という人が教師であって、植物学を受け持っておりました。その時分にはほかに植物学者がおりませぬから、クラーク先生を第一等の植物学者だと思っておりました。この先生のいったことは、植物学上誤りのないことだと思っておりました。しかしながら彼の本国に行って聞いたら、先生だいぶ化の皮が現われた。かの国のある学者が、クラークが植物学について口を利くなどとは不思議だ、といって笑っておりました。

現代語訳

これは深く考えるべきことで、学校さえ卒業すれば必ず先生になれるという考えを持ってはなりません。学校の先生になるのは、一種特別の天職だと私は思っています。よい先生が必ずしも大学者とは限りません。大島君もご存じですが、私たちが札幌にいたとき、クラーク先生という人が教師で、植物学を受け持っていました。当時は他に植物学者がいなかったので、クラーク先生を第一等の植物学者だと思っていました。この先生の言うことは植物学上誤りがないと思っていた。しかし彼の本国へ行って聞いてみると、先生の化けの皮がだいぶ現れました。あの国のある学者が、クラークが植物学について口を利くなどとは不思議だ、と言って笑っていました。

解説

少年よ大志を抱けで知られるクラークについて、内村が学問の腕前は大したことがなかったと明かします。恩師を貶めるためではなく、次の段で述べる別の力を際立たせるためです。教える力と研究の力は別物だという主張を、自分の恩師を例に実証する。都合のよい美談で押さずに、不都合な事実から入って結論に持っていくのが、この講演の論の運び方です。信じていたことが留学先で崩れた体験を、そのまま材料にしています。

この章句が説くこと

教育恩師実力区別率直

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