後世への最大遺物 / 第二回・こういう文学なら誰でも遺せる
文学者の秘訣はそこにあります。こういう文学ならばわれわれ誰でも遺すことができる。それゆえに有難いことでございます。もしわれわれが事業を遺すことができなければ、われわれに神様が言葉というものを下さいましたからして、われわれ人間に文学というものを下さいましたから、われわれは文学をもってわれわれの考えを後世に遺して逝くことができます。
書き下し
文学者の秘訣はそこにあります。こういう文学ならば、われわれ誰でも遺すことができる。それゆえに有難いことでございます。もしわれわれが事業を遺すことができなければ、われわれに神様が言葉というものを下さいましたからして、われわれ人間に文学というものを下さいましたから、われわれは文学をもって、われわれの考えを後世に遺して逝くことができます。
現代語訳
文学者の秘訣はそこにあります。こういう文学なら、私たちは誰でも遺すことができる。だから有難いことです。もし私たちが事業を遺せなくても、神は私たちに言葉というものを下さり、人間に文学というものを下さったのですから、私たちは文学によって自分の考えを後世に遺して逝くことができます。
解説
思想を遺す道の結論です。言葉は誰にでも与えられているという一点に、この節の希望が集約されます。金は天分が要り、事業は地位が要る。しかし言葉は生まれたときから全員が持っている。だから文学は最も開かれた遺し方だ、という理屈です。ただしこの直後に、内村はまたこの答えを揺さぶります。誰でも書けると言ったばかりのところへ、みんなが文学者になったらどうなるかという疑問を自分で出してくるのが、次の段です。
この章句が説くこと
言葉文学万人後世遺物
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