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後世への最大遺物 / 第二回・青年よりは青年の思うとおりを

私の欲するところと社会の欲するところは、女よりは女のいうようなことを聴きたい、男よりは男のいうようなことを聴きたい、青年よりは青年の思っているとおりのことを聴きたい、老人よりは老人の思っているとおりのことを聴きたい。それが文学です。それゆえにただわれわれの心のままを表白してごらんなさい。ソウしてゆけばいくら文法は間違っておっても、世の中の人が読んでくれる。それがわれわれの遺物です。もし何もすることができなければ、われわれの思うままを書けばよろしいのです。私は高知から来た一人の下女を持っています。非常に面白い下女で、私のところに参りましてから、いろいろの世話をいたします。ある時はほとんど私の母のように私の世話をしてくれます。

書き下し

私の欲するところと社会の欲するところは、女よりは女のいうようなことを聴きたい、男よりは男のいうようなことを聴きたい、青年よりは青年の思っているとおりのことを聴きたい、老人よりは老人の思っているとおりのことを聴きたい。それが文学です。それゆえに、ただわれわれの心のままを表白してごらんなさい。そうしてゆけば、いくら文法は間違っておっても、世の中の人が読んでくれる。それがわれわれの遺物です。もし何もすることができなければ、われわれの思うままを書けばよろしいのです。私は高知から来た一人の下女を持っています。非常に面白い下女で、私のところに参りましてから、いろいろの世話をいたします。ある時はほとんど私の母のように私の世話をしてくれます。

現代語訳

私が求めるもの、そして社会が求めるものは、女からは女の言うようなことを聞きたい、男からは男の言うようなことを聞きたい、青年からは青年が思っているとおりのことを聞きたい、老人からは老人が思っているとおりのことを聞きたい、ということです。それが文学です。ですから、ただ自分の心のままを言い表してごらんなさい。そうすれば、いくら文法が間違っていても、世の人が読んでくれます。それが私たちの遺物です。もし何もできないなら、自分の思うままを書けばよいのです。私は高知から来た一人の女中を置いています。非常に面白い人で、私のところへ来てから、いろいろ世話をしてくれます。ときにはほとんど私の母のように世話をしてくれます。

解説

誰が書いてもよいという主張が、もう一歩進みます。求められているのは立派な文章ではなく、その人にしか書けない位置からの言葉だ、と。文法が間違っていても読まれる、とまで言い切る。そしてその実例として、学者でも文士でもない、高知出身の女中の手紙が持ち出されます。書く資格を階層や学歴から切り離す運びが、次の二段で具体的に示されていきます。内村がこの人を母のようだと書いていることも、後の評価の伏線になっています。

この章句が説くこと

率直立場文学遺物生活

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