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後世への最大遺物 / 第二回・青年が青年らしくないことを書く

なにゆえにつまらないかというに、アノ雑誌のなかに名論卓説がないからつまらないというのではありません。アノ雑誌のつまらないわけは、青年が青年らしくないことを書くからです。青年が学者の真似をして、つまらない議論をアッチからも引き抜き、コッチからも引き抜いて、それを鋏刀と糊とでくッつけたような論文を出すから読まないのです。もし青年が青年の心のままを書いてくれたならば、私はこれを大切にして年の終りになったら立派に表装して、私の Library(書函)のなかのもっとも価値あるものとして遺しておきましょうと申しました。それからその雑誌はだいぶ改良されたようであります。それです、私は名論卓説を聴きたいのではない。

書き下し

なにゆえにつまらないかというに、あの雑誌のなかに名論卓説がないからつまらないというのではありません。あの雑誌のつまらないわけは、青年が青年らしくないことを書くからです。青年が学者の真似をして、つまらない議論をあっちからも引き抜き、こっちからも引き抜いて、それを鋏と糊とでくっつけたような論文を出すから読まないのです。もし青年が青年の心のままを書いてくれたならば、私はこれを大切にして、年の終りになったら立派に表装して、私の書函のなかのもっとも価値あるものとして遺しておきましょうと申しました。それからその雑誌はだいぶ改良されたようであります。それです、私は名論卓説を聴きたいのではない。

現代語訳

なぜつまらないかというと、あの雑誌の中に立派な議論がないからつまらないのではありません。あの雑誌がつまらない理由は、青年が青年らしくないことを書くからです。青年が学者の真似をして、つまらない議論をあちらからも引き抜き、こちらからも引き抜いて、それを鋏と糊で貼り合わせたような論文を出すから読まないのです。もし青年が青年の心のままを書いてくれたら、私はそれを大切にして、年の終わりに立派に装丁し、自分の書棚の中でもっとも価値あるものとして遺しておきましょう、と言いました。それからその雑誌はだいぶ良くなったようです。そうです、私は立派な議論を聞きたいのではない。

解説

前の段の毒舌の理由が明かされます。批判の的は内容の水準ではなく、書き手が自分の年齢と立場を捨てていることです。青年が学者の真似をして、あちこちから引いた議論を貼り合わせる。今日の言葉でいえば、借りてきた正論の切り貼りです。内村はそれを読む価値なしと断じ、青年が青年のままに書けば装丁して残すと言う。書き手が自分の持ち場から語っているかどうかが、遺るものと遺らないものを分けるという基準がここにあります。

この章句が説くこと

率直立場模倣批評青年

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