後世への最大遺物 / 第二回・基督教青年を厠へ持っていく
今ここに丹羽さんがいませぬから少し丹羽さんの悪口をいいましょう(笑声起る)……後でいいつけてはイケマセンよ(大笑)。丹羽さんが青年会において『基督教青年』という雑誌を出した。それで私のところへもだいぶ送ってきた。そこで私が先日東京へ出ましたときに、先生が「ドウです内村君、あなたは『基督教青年』をドウお考えなさいますか」と問われたから、私は真面目にまた明白に答えた。「失礼ながら『基督教青年』は私のところへきますと私はすぐそれを厠へ持っていって置いてきます。」ところが先生たいへん怒った。それから私はそのわけをいいました。アノ『基督教青年』を私が汚穢い用に用いるのは何であるかというに、実につまらぬ雑誌であるからです。
書き下し
今ここに丹羽さんがいませぬから、少し丹羽さんの悪口をいいましょう……後でいいつけてはいけませんよ。丹羽さんが青年会において『基督教青年』という雑誌を出した。それで私のところへもだいぶ送ってきた。そこで私が先日東京へ出ましたときに、先生が「どうです内村君、あなたは『基督教青年』をどうお考えなさいますか」と問われたから、私は真面目に、また明白に答えた。「失礼ながら『基督教青年』は私のところへきますと、私はすぐそれを厠へ持っていって置いてきます。」ところが先生たいへん怒った。それから私はそのわけをいいました。あの『基督教青年』を私が汚穢い用に用いるのは何であるかというに、実につまらぬ雑誌であるからです。
現代語訳
今ここに丹羽さんがいませんから、少し丹羽さんの悪口を言いましょう。後で言いつけてはいけませんよ。丹羽さんが青年会で『基督教青年』という雑誌を出しました。それで私のところへもずいぶん送ってきた。そこで先日私が東京へ出たとき、先生が、どうです内村君、あなたは『基督教青年』をどうお考えですか、と聞かれたので、私は真面目に、また率直に答えました。失礼ながら『基督教青年』は私のところへ来ると、私はすぐそれを便所へ持っていって置いてきます、と。ところが先生は大変怒りました。それから私はその理由を言いました。あの『基督教青年』を私が汚い用に使うのは何かというと、実につまらない雑誌だからです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『後世への最大遺物』第二回・青年が青年らしくないことを書くなにゆえにつまらないかというに、あの雑誌のなかに名論卓説がないからつまらないというのではありません。あの雑誌のつまらないわけは、青年が青年らしくないことを書くからです。青年が学者の真似をして、つまらない議論をあっちからも引き抜き、こっちからも引き抜いて、それを鋏と糊とでくっつけたような論文を出すから読まないのです。もし青年が青年の心のままを書いてくれたならば、私はこれを大切にして、年の終りになったら立派に表装して、私の書函のなかのもっとも価値あるものとして遺しておきましょうと申しました。それからその雑誌はだいぶ改良されたようであります。それです、私は名論卓説を聴きたいのではない。
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『後世への最大遺物』第二回・青年よりは青年の思うとおりを私の欲するところと社会の欲するところは、女よりは女のいうようなことを聴きたい、男よりは男のいうようなことを聴きたい、青年よりは青年の思っているとおりのことを聴きたい、老人よりは老人の思っているとおりのことを聴きたい。それが文学です。それゆえに、ただわれわれの心のままを表白してごらんなさい。そうしてゆけば、いくら文法は間違っておっても、世の中の人が読んでくれる。それがわれわれの遺物です。もし何もすることができなければ、われわれの思うままを書けばよろしいのです。私は高知から来た一人の下女を持っています。非常に面白い下女で、私のところに参りましてから、いろいろの世話をいたします。ある時はほとんど私の母のように私の世話をしてくれます。
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『後世への最大遺物』第一回・腰を掛けて話をする時は夏でございますし、処は山の絶頂でございます。それでここで私が手を振り足を飛ばしまして、私の血に熱度を加えて、諸君の熱血をここに注ぎ出すことは、あるいは私にできないことではないかも知れません。しかしこれは私の好まぬところ、また諸君もあまり要求しないところだろうと私は考えます。それでキリスト教の演説会で演説者が腰を掛けて話をするのは、たぶんこの講師が嚆矢であるかも知れない。しかしながら、もしこうすることが私の目的に適うことでございますれば、私は先例を破って、ここであなたがたとゆっくり腰を掛けてお話をしてもかまわないと思います。これもまた破壊党の所業だと思し召されてもよろしゅうございます。
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『後世への最大遺物』第一回・牧師に叱られても変えなかった自分には明治二十七年になったら、夏期学校の講師に選ばれるという考えは、その時分にはちっともなかったのです。金を遺したい、金満家になりたい、という希望を持っておったのです。ところがこのことを、あるリバイバルに非常に熱心の牧師先生に話したところが、その牧師さんに私は非常に叱られました。「金を遺したい、というイクジのない、そんなものはどうにもなるから、君は福音のために働きたまえ」というて戒められた。しかし私はその決心を変更しなかった。今でも変更しない。金を遺すものを賤しめるような人は、やはり金のことに賤しい人であります、吝嗇な人であります。金というものは、ここで金の価値について長い講釈をするには及びませぬけれども、しかしながら金というものの必要は、あなたがた十分に認めておいでなさるだろうと思います。
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『後世への最大遺物』第一回・清いがつまらない生涯それで何となく厭世的の考えが起ってきた。すなわち、人間が千載青史に列するを得んというのは、まことにこれは肉欲的、不信者的、ヒーゼン的の考えである、クリスチャンなどは功名を欲することはなすべからざることである、われわれは後世に名を伝えるとかいうことは、根こそぎ取ってしまわなければならぬ、というような考えが出てきました。それゆえに私の生涯は、実に前の生涯より清い生涯になったかも知れませぬ。けれども前のよりは、つまらない生涯になった。まあどうか、なるだけ罪を犯さないように、なるだけ神に逆らって汚らわしいことをしないように、ただただ立派にこの生涯を終って、キリストによって天国に救われて、未来永遠の喜びを得んと欲する考えが起ってきました。
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『後世への最大遺物』第二回・三日月様に豆腐を供えるその女が手紙を書くのを側で見ていますと、非常な手紙です。筆を横に取って、仮名で、土佐言葉で書く。今あとで坂本さんが出て、土佐言葉の標本を諸君に示すかも知れませぬ。ずいぶん面白い言葉であります。仮名で書くのですから、土佐言葉がそっくりそのままで出てくる。それで彼女は長い手紙を書きます。実に読むのに骨が折れる。しかしながら私はいつでもそれを見て喜びます。その女は信者でも何でもない。毎月三日月様になりますと、私のところへ参って「どうぞ旦那さま、お銭を六厘」という。「何に使うか」というと、黙っている。「何でもよいから」という。やると豆腐を買ってきまして、三日月様に豆腐を供える。後で聞いてみると「旦那さまのために三日月様に祈っておかぬと運が悪い」と申します。