後世への最大遺物 / 第二回・多くの貧乏人を慰めた詩
しかしながらたぶんイギリスの国民の続くあいだは、イギリスの国語が話されているあいだは Elegy は消えないでしょう。この詩ほど多くの人を慰め、ことに多くの貧乏人を慰め、世の中にまったく容れられない人を慰め、多くの志を抱いてそれを世の中に発表することのできない者を慰めたものはない。この詩によってグレイは万世を慰めつつある。われわれは実にグレイの運命を羨むのであります。すべての学問を四十八年間も積んだ人がただ三百行くらいの詩を遺して死んだというては小さいようでございますが、実にグレイは大事業をなした人であると思います。有名なるヘンリー・ビーチャーがいった言葉に……私はこれはけっしてビーチャーが小さいことを針小棒大にしていうた言葉ではないと思います……「私は六十年か七十年の生涯を私のように送りしよりも、むしろチャールス・ウェスレーの書いた“Jesus, Lover of my soul”の讃美歌一篇を作った方がよい」と申しました。
書き下し
しかしながら、たぶんイギリスの国民の続くあいだは、イギリスの国語が話されているあいだは、『哀歌』は消えないでしょう。この詩ほど多くの人を慰め、ことに多くの貧乏人を慰め、世の中にまったく容れられない人を慰め、多くの志を抱いてそれを世の中に発表することのできない者を慰めたものはない。この詩によってグレイは万世を慰めつつある。われわれは実にグレイの運命を羨むのであります。すべての学問を四十八年間も積んだ人が、ただ三百行くらいの詩を遺して死んだというては小さいようでございますが、実にグレイは大事業をなした人であると思います。有名なるヘンリー・ビーチャーがいった言葉に……私はこれはけっしてビーチャーが小さいことを針小棒大にしていうた言葉ではないと思います……「私は六十年か七十年の生涯を私のように送りしよりも、むしろチャールス・ウェスレーの書いた『われが魂の愛するイエス』の讃美歌一篇を作った方がよい」と申しました。
現代語訳
しかしおそらく、イギリスの国民が続くかぎり、英語が話されているかぎり、『哀歌』は消えないでしょう。この詩ほど多くの人を慰め、とくに多くの貧しい人を慰め、世の中にまったく受け入れられない人を慰め、志を抱きながらそれを世に出せない者を慰めたものはありません。この詩によってグレイは万代を慰め続けています。私たちは実にグレイの運命を羨みます。あらゆる学問を四十八年積んだ人が、三百行ほどの詩だけを遺して死んだと言えば小さいようですが、実にグレイは大事業をなした人だと思います。有名なヘンリー・ビーチャーが言った言葉に、これは決してビーチャーが小さなことを大げさに言ったのではないと思いますが、私は六十年か七十年の生涯を自分のように送るよりも、むしろチャールズ・ウェスレーが書いた讃美歌一篇を作ったほうがよい、というものがあります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『墨子』耕柱子墨子曰く、「和氏の璧、隋侯の珠、三棘六異、此れ諸侯の所謂る良寳なり。以て國家を富まし、人民を衆くし、刑政を治め、社稷を安んず可きか。曰く、不可なり。所謂る良寶を貴ぶ者は、其の以て利す可きが為なり。而して和氏の璧、隋侯の珠、三棘六異は、以て人を利す可からず。是れ天下の良寶に非ざるなり。今、義を用いて政を國家に為さば、人民必ず衆く、刑政必ず治まり、社稷必ず安からん。良寶を貴ぶ所以の者は、以て民を利す可ければなり。而して義は以て人を利す可し。故に曰く、義は天下の良寶なり」と。
-
『墨子』貴義子墨子曰く、萬事、義より貴きは莫し。今、人に謂いて曰く、「子に冠履を予えて、子の手足を斷たん。子、之を為さんか」と。必ず為さざらん。何の故ぞ。則ち冠履は手足の貴きに若かざればなり。又た曰く、「子に天下を予えて、子の身を殺さん。子、之を為さんか」と。必ず為さざらん。何の故ぞ。則ち天下は身の貴きに若かざればなり。一言を爭いて以て相い殺すは、是れ義を其の身よりも貴べばなり。故に曰く、萬事、義より貴きは莫きなり。
-
『後世への最大遺物』第一回・君よ、金を溜めたまえちょうど秋になって雁は天を飛んでいる。それは誰が捕ってもよい。しかしその雁を捕ることはむずかしいことであります。人間の手に雁が十羽なり二十羽なり集まってあるならば、それに価値があります。すなわち、手の内の一羽の雀は、木の上におるところの二羽の雀より貴い、というのはこのことであります。そこで金というものは宇宙に浮いているようなものでございますけれども、しかしながらそれを一つにまとめて、そうして後世の人がこれを用いることができるように溜めて往かんとする欲望が諸君のうちにあるならば、私は私の満腔の同情をもって、イエス・キリストの御名によって、父なる神の御名によって、聖霊の御名によって、教会のために、国のために、世界のために、「君よ、金を溜めたまえ」というて、このことをその人に勧めるものです。
-
『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・飯を炊き風呂の火を焚くも学問なり学問するには、その志を高遠にせざるべからず。飯を炊き、風呂の火を焚くも学問なり。天下の事を論ずるもまた学問なり。されども一家の世帯は易くして、天下の経済は難し。およそ世の事物、これを得るに易きものは貴からず。物の貴き所以はこれを得るの手段難ければなり。私に案ずるに、今の学者あるいはその難を棄てて易きにつくの弊あるに似たり。昔封建の世においては、学者あるいは所得あるも、天下の事みなきりつめたる有様にて、その学問を施すべき場所なければ、やむをえずして学びしうえにもまた学問を勉め、その学風はよろしからずといえども、読書に勉強して、その博識なるは今人の及ぶところにあらず。今の学者はすなわち然らず。したがって学べばしたがってこれを実地に施すべし。
-
老子・第11章三十輻は一轂を共にす、其の無に当たりて、車の用有り。埴を埏ねて以て器と為す、其の無に当たりて、器の用有り。戸牖を鑿ちて以て室と為す、其の無に当たりて、室の用有り。故に有の以て利を為すは、無の以て用を為せばなり。
-
老子・第62章道は万物の奥にして、善人の宝、不善人の保んずる所なり。美言は以て尊を市うべく、美行は以て人に加うべし。人の不善なる、何ぞ之を棄つること有らん。故に天子を立て三公を置き、拱璧の以て駟馬に先だつ有りと雖も、坐して此の道を進むるに如かず。古の此の道を貴ぶ所以の者は何ぞ。求めて以て得、罪有るも以て免ると曰わずや。故に天下の貴と為る。