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後世への最大遺物 / 第一回・君よ、金を溜めたまえ

ちょうど秋になって雁は天を飛んでいる。それは誰が捕ってもよい。しかしその雁を捕ることはむずかしいことであります。人間の手に雁が十羽なり二十羽なり集まってあるならば、それに価値があります。すなわち、手の内の一羽の雀は木の上におるところの二羽の雀より貴い、というのはこのことであります。そこで金というものは宇宙に浮いているようなものでございますけれども、しかしながらそれを一つにまとめて、そうして後世の人がこれを用いることができるように溜めて往かんとする欲望が諸君のうちにあるならば、私は私の満腔の同情をもって、イエス・キリストの御名によって、父なる神の御名によって、聖霊の御名によって、教会のために、国のために、世界のために、「君よ、金を溜めたまえ」というて、このことをその人に勧めるものです。

書き下し

ちょうど秋になって雁は天を飛んでいる。それは誰が捕ってもよい。しかしその雁を捕ることはむずかしいことであります。人間の手に雁が十羽なり二十羽なり集まってあるならば、それに価値があります。すなわち、手の内の一羽の雀は、木の上におるところの二羽の雀より貴い、というのはこのことであります。そこで金というものは宇宙に浮いているようなものでございますけれども、しかしながらそれを一つにまとめて、そうして後世の人がこれを用いることができるように溜めて往かんとする欲望が諸君のうちにあるならば、私は私の満腔の同情をもって、イエス・キリストの御名によって、父なる神の御名によって、聖霊の御名によって、教会のために、国のために、世界のために、「君よ、金を溜めたまえ」というて、このことをその人に勧めるものです。

現代語訳

ちょうど秋になって雁が空を飛んでいる。それは誰が捕ってもよい。しかしその雁を捕るのはむずかしい。人の手に雁が十羽二十羽と集まっていれば、それには価値があります。つまり、手の中の一羽の雀は木の上の二羽の雀より貴い、というのはこのことです。金も宇宙に浮いているようなものですが、それを一つにまとめ、後世の人が使えるように溜めていこうという願いが皆さんの中にあるなら、私は心からの共感をもって、イエス・キリストの名により、父なる神の名により、聖霊の名により、教会のため、国のため、世界のために、君よ、金を溜めたまえ、と言ってその人に勧めます。

解説

キリスト教の講演で三位一体の名を呼び出しておいて、続く言葉が金を溜めたまえ、というのですから、聴衆は虚を突かれたはずです。しかし論理は通っています。空を飛ぶ雁は誰のものでもなく、捕って初めて価値になる。富も同じで、集められて初めて使えるものになる。集める行為そのものを内村は信仰の名で祝福する。ただし条件が一つ付いていて、後世の人が使えるように、という向きです。自分のためではなく次に渡すために溜めるなら、蓄財は聖なる仕事になるという立論です。

この章句が説くこと

蓄財価値後世祝福

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