後世への最大遺物 / 第一回・君よ、金を溜めたまえ
ちょうど秋になって雁は天を飛んでいる。それは誰が捕ってもよい。しかしその雁を捕ることはむずかしいことであります。人間の手に雁が十羽なり二十羽なり集まってあるならば、それに価値があります。すなわち、手の内の一羽の雀は木の上におるところの二羽の雀より貴い、というのはこのことであります。そこで金というものは宇宙に浮いているようなものでございますけれども、しかしながらそれを一つにまとめて、そうして後世の人がこれを用いることができるように溜めて往かんとする欲望が諸君のうちにあるならば、私は私の満腔の同情をもって、イエス・キリストの御名によって、父なる神の御名によって、聖霊の御名によって、教会のために、国のために、世界のために、「君よ、金を溜めたまえ」というて、このことをその人に勧めるものです。
書き下し
ちょうど秋になって雁は天を飛んでいる。それは誰が捕ってもよい。しかしその雁を捕ることはむずかしいことであります。人間の手に雁が十羽なり二十羽なり集まってあるならば、それに価値があります。すなわち、手の内の一羽の雀は、木の上におるところの二羽の雀より貴い、というのはこのことであります。そこで金というものは宇宙に浮いているようなものでございますけれども、しかしながらそれを一つにまとめて、そうして後世の人がこれを用いることができるように溜めて往かんとする欲望が諸君のうちにあるならば、私は私の満腔の同情をもって、イエス・キリストの御名によって、父なる神の御名によって、聖霊の御名によって、教会のために、国のために、世界のために、「君よ、金を溜めたまえ」というて、このことをその人に勧めるものです。
現代語訳
ちょうど秋になって雁が空を飛んでいる。それは誰が捕ってもよい。しかしその雁を捕るのはむずかしい。人の手に雁が十羽二十羽と集まっていれば、それには価値があります。つまり、手の中の一羽の雀は木の上の二羽の雀より貴い、というのはこのことです。金も宇宙に浮いているようなものですが、それを一つにまとめ、後世の人が使えるように溜めていこうという願いが皆さんの中にあるなら、私は心からの共感をもって、イエス・キリストの名により、父なる神の名により、聖霊の名により、教会のため、国のため、世界のために、君よ、金を溜めたまえ、と言ってその人に勧めます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『墨子』耕柱子墨子曰く、「和氏の璧、隋侯の珠、三棘六異、此れ諸侯の所謂る良寳なり。以て國家を富まし、人民を衆くし、刑政を治め、社稷を安んず可きか。曰く、不可なり。所謂る良寶を貴ぶ者は、其の以て利す可きが為なり。而して和氏の璧、隋侯の珠、三棘六異は、以て人を利す可からず。是れ天下の良寶に非ざるなり。今、義を用いて政を國家に為さば、人民必ず衆く、刑政必ず治まり、社稷必ず安からん。良寶を貴ぶ所以の者は、以て民を利す可ければなり。而して義は以て人を利す可し。故に曰く、義は天下の良寶なり」と。
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『墨子』貴義子墨子曰く、萬事、義より貴きは莫し。今、人に謂いて曰く、「子に冠履を予えて、子の手足を斷たん。子、之を為さんか」と。必ず為さざらん。何の故ぞ。則ち冠履は手足の貴きに若かざればなり。又た曰く、「子に天下を予えて、子の身を殺さん。子、之を為さんか」と。必ず為さざらん。何の故ぞ。則ち天下は身の貴きに若かざればなり。一言を爭いて以て相い殺すは、是れ義を其の身よりも貴べばなり。故に曰く、萬事、義より貴きは莫きなり。
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『学問のすゝめ』十編・前編のつづき、中津の旧友に贈る・飯を炊き風呂の火を焚くも学問なり学問するには、その志を高遠にせざるべからず。飯を炊き、風呂の火を焚くも学問なり。天下の事を論ずるもまた学問なり。されども一家の世帯は易くして、天下の経済は難し。およそ世の事物、これを得るに易きものは貴からず。物の貴き所以はこれを得るの手段難ければなり。私に案ずるに、今の学者あるいはその難を棄てて易きにつくの弊あるに似たり。昔封建の世においては、学者あるいは所得あるも、天下の事みなきりつめたる有様にて、その学問を施すべき場所なければ、やむをえずして学びしうえにもまた学問を勉め、その学風はよろしからずといえども、読書に勉強して、その博識なるは今人の及ぶところにあらず。今の学者はすなわち然らず。したがって学べばしたがってこれを実地に施すべし。
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