後世への最大遺物 / 第二回・グレイの Elegy 三百行
それでその贈物、われわれがわれわれの思想を筆と紙とに遺してこれを将来に贈ることが実に文学者の事業でありまして、もし神がわれわれにこのことを許しますならば、われわれは感謝してその贈物を遺したいと思う。有名なるウォルフ将軍がケベックの市を取るときにグレイの Elegy を歌いながらいった言葉があります、すなわち「このケベックを取るよりもわれはむしろこの Elegy を書かん」と。もちろん Elegy は過激なるいわゆるルーテル的の文章ではない。しかしながらこれがイギリス人の心、ウォルフ将軍のような心をどれだけ慰めたか、実に今日までのイギリス人の勇気をどれだけ励ましたか知れない。
書き下し
それでその贈物、われわれがわれわれの思想を筆と紙とに遺して、これを将来に贈ることが実に文学者の事業でありまして、もし神がわれわれにこのことを許しますならば、われわれは感謝してその贈物を遺したいと思う。有名なるウォルフ将軍がケベックの市を取るときに、グレイの『哀歌』を歌いながらいった言葉があります。すなわち「このケベックを取るよりも、われはむしろこの『哀歌』を書かん」と。もちろん『哀歌』は、過激なるいわゆるルーテル的の文章ではない。しかしながらこれがイギリス人の心、ウォルフ将軍のような心をどれだけ慰めたか、実に今日までのイギリス人の勇気をどれだけ励ましたか知れない。
現代語訳
その贈り物、すなわち私たちが自分の思想を筆と紙に遺して将来へ贈ることが、まさに文学者の事業であり、もし神がこれを許してくださるなら、私たちは感謝してその贈り物を遺したいと思います。有名なウォルフ将軍がケベックの町を攻め取るとき、グレイの『哀歌』を口ずさみながら言った言葉があります。このケベックを取るよりも、私はむしろこの『哀歌』を書きたい、と。もちろん『哀歌』は、過激ないわゆるルター的な文章ではありません。しかしこれがイギリス人の心、ウォルフ将軍のような心をどれほど慰めたか、今日までのイギリス人の勇気をどれほど励ましたか分かりません。
解説
戦いの道具としての文学を語ったあとに、慰める文学が置かれます。ウォルフ将軍がケベック攻略の前夜に口ずさんだという逸話で、町を取るより詩を書きたいと言った。城を攻め落とした軍人が、詩一篇のほうを羨んだという話です。激しい文章だけが人を動かすのではなく、静かに慰める言葉も後世に働く。前段までの好戦的な調子を、内村自身がここで和らげています。次の段でグレイその人の生涯に話が移ります。
この章句が説くこと
詩慰め後世贈物文学
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『後世への最大遺物』第二回・四十八年の生涯で三百行トーマス・グレイという人は有名な学者で、彼の時代の人で彼くらいすべての学問に達していた人はほとんどなかったそうであります。イギリスの文学者中で博学、多才といったならば、たぶんトーマス・グレイであったろうという批評であります。しかしながらトーマス・グレイは何を遺したか。彼の書いた本は一つに集めたらば、たぶんこんなくらいの本で、ほとんど二百ページか、三百ページもありましょう。しかしそのうち、これぞというて大作はありませぬ。トーマス・グレイの後世への遺物は何にもない、ただ『哀歌』という三百行ばかりの詩でありました。グレイの四十八年の生涯というものは、『哀歌』を書いて終ってしまったのです。
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『後世への最大遺物』第二回・多くの貧乏人を慰めた詩しかしながら、たぶんイギリスの国民の続くあいだは、イギリスの国語が話されているあいだは、『哀歌』は消えないでしょう。この詩ほど多くの人を慰め、ことに多くの貧乏人を慰め、世の中にまったく容れられない人を慰め、多くの志を抱いてそれを世の中に発表することのできない者を慰めたものはない。この詩によってグレイは万世を慰めつつある。われわれは実にグレイの運命を羨むのであります。すべての学問を四十八年間も積んだ人が、ただ三百行くらいの詩を遺して死んだというては小さいようでございますが、実にグレイは大事業をなした人であると思います。有名なるヘンリー・ビーチャーがいった言葉に……私はこれはけっしてビーチャーが小さいことを針小棒大にしていうた言葉ではないと思います……「私は六十年か七十年の生涯を私のように送りしよりも、むしろチャールス・ウェスレーの書いた『われが魂の愛するイエス』の讃美歌一篇を作った方がよい」と申しました。
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『後世への最大遺物』第二回・讃美歌一篇のほうがよいちょっと考えてみると、これはただチャールス・ウェスレーを尊敬するあまりに発した言葉であって、けっしてビーチャーの心のなかから出た言葉ではないように思われますけれども、しかしながらウェスレーのこの歌をいく度か繰り返して歌ってみまして、どれだけの心情、どれだけの趣味、どれだけの希望がそのうちにあるかを見るときには、あるいはビーチャーのいったことが本当であるかも知れないと思います。ビーチャーの大事業も、けっしてこの一つの讃美歌ほどの事業をなしていないかも知れませぬ。それゆえに、もしわれわれに思想がありまするならば、もしわれわれがそれを直接に実行することができないならば、それを紙に写しまして、これを後世に遺しますことは大事業ではないかと思います。文学者の事業というものは、それゆえに羨むべき事業である。
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『後世への最大遺物』第二回・こういう文学なら誰でも遺せる文学者の秘訣はそこにあります。こういう文学ならば、われわれ誰でも遺すことができる。それゆえに有難いことでございます。もしわれわれが事業を遺すことができなければ、われわれに神様が言葉というものを下さいましたからして、われわれ人間に文学というものを下さいましたから、われわれは文学をもって、われわれの考えを後世に遺して逝くことができます。
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『後世への最大遺物』第二回・折あらばわが思想を実行せよそれで文学というものの要は、まったくそこにあると思います。文学というものは、われわれの心に常に抱いているところの思想を後世に伝える道具に相違ない。それが文学の実用だと思います。それで思想の遺物というものの大なることは、われわれは誰もよく知っていることであります。思想のこの世の中に実行されたものが事業です。われわれがこの世の中で実行することができないからして、種子だけを播いて逝こう、「われは恨みを抱いて、慷慨を抱いて地下に下らんとすれども、汝らわれの後に来る人々よ、折あらばわが思想を実行せよ」と後世へ言い遺すのである。それでその遺物の大いなることは、実に著しいものであります。
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『後世への最大遺物』第二回・誰にも遺すことのできる最大遺物ここにいたって、こういう問題が出てくる。文学者にもなれず、学校の先生にもなれなかったならば、それならば私は後世に何をも遺すことはできないかという問題が出てくる。何かほかに事業はないか、私もたびたびそれがために失望に陥ることがある。しからば私には何も遺すものはない。事業家にもなれず、金を溜めることもできず、本を書くこともできず、ものを教えることもできない。そうすれば私は無用の人間として、平凡の人間として消えてしまわなければならぬか。陸放翁のいったごとく「我死して骨すなわち朽ち、青史にまた名無し」と嘆じ、この悲嘆の声を発してわれわれが生涯を終るのではないかと思うて、失望の極に陥ることがある。しかれども、私はそれよりもっと大きい、今度は前の三つと違いまして、誰にも遺すことのできる最大遺物があると思う。