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後世への最大遺物 / 第二回・文学は戦争の道具である

何もしないばかりでなくわれわれを女らしき意気地なしになした。あのような文学はわれわれのなかから根コソギに絶やしたい(拍手)。あのようなものが文学ならば、実にわれわれはカーライルとともに、文学というものには一度も手をつけたことがないということを世界に向って誇りたい。文学はソンナものではない。文学はわれわれがこの世界に戦争するときの道具である。今日戦争することはできないから未来において戦争しようというのが文学であります。それゆえに文学者が机の前に立ちますときにはすなわちルーテルがウォルムスの会議に立ったとき、パウロがアグリッパ王の前に立ったとき、クロムウェルが剣を抜いてダンバーの戦場に臨んだときと同じことであります。

書き下し

何もしないばかりでなく、われわれを女らしき意気地なしになした。あのような文学はわれわれのなかから根こそぎに絶やしたい。あのようなものが文学ならば、実にわれわれはカーライルとともに、文学というものには一度も手をつけたことがないということを世界に向って誇りたい。文学はそんなものではない。文学はわれわれがこの世界に戦争するときの道具である。今日戦争することはできないから、未来において戦争しようというのが文学であります。それゆえに文学者が机の前に立ちますときには、すなわちルーテルがウォルムスの会議に立ったとき、パウロがアグリッパ王の前に立ったとき、クロムウェルが剣を抜いてダンバーの戦場に臨んだときと同じことであります。

現代語訳

何もしなかったばかりか、私たちを女々しい意気地なしにした。あのような文学は私たちの中から根こそぎ絶やしたい。あのようなものが文学なら、私たちはカーライルとともに、文学というものには一度も手をつけたことがないと世界に向かって誇りたい。文学はそんなものではない。文学は、私たちがこの世界で戦うときの道具です。今は戦えないから、未来において戦おうというのが文学です。ですから文学者が机の前に立つときは、ルターがウォルムスの会議に立ったとき、パウロがアグリッパ王の前に立ったとき、クロムウェルが剣を抜いてダンバーの戦場に臨んだときと同じことです。

解説

文学の定義が言い切られます。戦うための道具であり、今戦えないから未来で戦う手段だ、と。机に向かうことを、宗教改革の審問や戦場に並べるのは大胆な比喩ですが、思想を遺すという行為の重さを示すためのものです。なお、女々しいという言い方は明治の武を重んじる価値観そのままで、今日の読者が引き受ける必要はありません。残るのは、書くことは安全な逃避ではなく引き受けを伴う行為だ、という一点です。

この章句が説くこと

文学戦い未来覚悟道具

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