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後世への最大遺物 / 第二回・裏店に住んだ病身の学者

イギリスに今からして二百年前に痩ッこけて丈の低いしじゅう病身な一人の学者がおった。それでこの人は世の中の人に知られないで、何も用のない者と思われて、しじゅう貧乏して裏店のようなところに住まって、かの人は何をするかと人にいわれるくらい世の中に知れない人で、何もできないような人であったが、しかし彼は一つの大思想を持っていた人でありました。その思想というは人間というものは非常な価値のあるものである、また一個人というものは国家よりも大切なものである、という大思想を持っていた人であります。それで十七世紀の中ごろにおいてはその説は社会にまったく容れられなかった。その時分にはヨーロッパでは主義は国家主義と定まっておった。

書き下し

イギリスに今からして二百年前に、痩せっこけて丈の低い、しじゅう病身な一人の学者がおった。それでこの人は世の中の人に知られないで、何も用のない者と思われて、しじゅう貧乏して裏店のようなところに住まって、かの人は何をするかと人にいわれるくらい世の中に知れない人で、何もできないような人であったが、しかし彼は一つの大思想を持っていた人でありました。その思想というは、人間というものは非常な価値のあるものである、また一個人というものは国家よりも大切なものである、という大思想を持っていた人であります。それで十七世紀の中ごろにおいては、その説は社会にまったく容れられなかった。その時分にはヨーロッパでは主義は国家主義と定まっておった。

現代語訳

イギリスに、今から二百年前、痩せこけて背の低い、いつも病弱な一人の学者がいました。この人は世に知られず、何の役にも立たない者と思われ、ずっと貧乏で裏長屋のようなところに住み、あの人は何をしているのかと人に言われるほど世に知られない人で、何もできないような人でしたが、しかし一つの大きな思想を持っていた人でした。その思想とは、人間というものは非常に価値のあるものであり、また一個人というものは国家よりも大切なものである、という大きな思想です。ところが十七世紀の半ばには、その説は社会にまったく受け入れられなかった。当時ヨーロッパでは、主義は国家主義と定まっていました。

解説

金も地位もない人の代表として、一人の学者が登場します。痩せて背が低く病弱で貧乏、という描写が重ねられるのは、遺物を遺す条件が何も揃っていないことを示すためです。持っていたのは思想一つだけ。しかもその思想は、個人は国家より大切だというもので、当時の風潮の正反対でした。時代に容れられない思想をどうするかという問いが、ここで具体的な人物に託されます。次の段でこの人の名が明かされます。

この章句が説くこと

思想個人国家無名時代

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