後世への最大遺物 / 第二回・裏店に住んだ病身の学者
イギリスに今からして二百年前に痩ッこけて丈の低いしじゅう病身な一人の学者がおった。それでこの人は世の中の人に知られないで、何も用のない者と思われて、しじゅう貧乏して裏店のようなところに住まって、かの人は何をするかと人にいわれるくらい世の中に知れない人で、何もできないような人であったが、しかし彼は一つの大思想を持っていた人でありました。その思想というは人間というものは非常な価値のあるものである、また一個人というものは国家よりも大切なものである、という大思想を持っていた人であります。それで十七世紀の中ごろにおいてはその説は社会にまったく容れられなかった。その時分にはヨーロッパでは主義は国家主義と定まっておった。
書き下し
イギリスに今からして二百年前に、痩せっこけて丈の低い、しじゅう病身な一人の学者がおった。それでこの人は世の中の人に知られないで、何も用のない者と思われて、しじゅう貧乏して裏店のようなところに住まって、かの人は何をするかと人にいわれるくらい世の中に知れない人で、何もできないような人であったが、しかし彼は一つの大思想を持っていた人でありました。その思想というは、人間というものは非常な価値のあるものである、また一個人というものは国家よりも大切なものである、という大思想を持っていた人であります。それで十七世紀の中ごろにおいては、その説は社会にまったく容れられなかった。その時分にはヨーロッパでは主義は国家主義と定まっておった。
現代語訳
イギリスに、今から二百年前、痩せこけて背の低い、いつも病弱な一人の学者がいました。この人は世に知られず、何の役にも立たない者と思われ、ずっと貧乏で裏長屋のようなところに住み、あの人は何をしているのかと人に言われるほど世に知られない人で、何もできないような人でしたが、しかし一つの大きな思想を持っていた人でした。その思想とは、人間というものは非常に価値のあるものであり、また一個人というものは国家よりも大切なものである、という大きな思想です。ところが十七世紀の半ばには、その説は社会にまったく受け入れられなかった。当時ヨーロッパでは、主義は国家主義と定まっていました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『学問のすゝめ』十二編・人の品行は高尚ならざるべからざるの論・一国を全体の一物とみなして一国の有様をもって論ずるもまたかくのごとし。譬えばここに一政府あらん。賢良方正の士を挙げて政を任し、民の苦楽を察して適宜の処置を施し、信賞必罰、恩威行なわれざるところなく、万民腹を鼓して太平を謡うがごときは、まことに誇るべきに似たり。然りといえども、その賞罰と言い、恩威といい、万民といい、太平というも、悉皆一国内の事なり、一人あるいは数人の意に成りたるものなり。その得失はその国の前代に比較するか、または他の悪政府に比較して誇るべきのみにて、けっしてその国悉皆の有様を詳らかにして他国と相対し、一より十に至るまで比較したるものにあらず。もし一国を全体の一物とみなして他の文明の一国に比較し、数十年の間に行なわるる双方の得失を察して互いに加減乗除し、その実際に見われたるところの損益を論ずることあらば、その誇るところのものはけっして誇るに足らざるものならん。
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孫子・始計篇孫子曰く、兵とは国の大事なり。死生の地、存亡の道、察せざるべからず。
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『武士道』第九章 忠節・ソクラテスは生きては良心に従うソクラテスは如何。其の誠心に奉ずる忠節の一片だに、之を捨つることを拒否して懼れざりしと共に、又た忠実冷静にして、此世の主たる国家の威命に甘従したるに非ずや。ソクラテスや、生きては其良心に従ひ、死しては其国に仕へたり。ああ、国家の威権いたづらに肆大にして、其民に強ふるに、各自が良心の指命をも、なほ挙げて之に捧ぐべしと命令せん、其日こそ悲しけれ。武士道は、人の良心を以て君主の奴隷たらしむることを誨へず。トマス・モウブレーは、まことに能く吾人の衷情を語るものなり。『畏しや我大君、君のみもとに此身を捧ぐ。臣が生命は仰せのままなり。ただ我が廉恥は然らず。生命を奉ずるは臣の道なり。さあれ、香しき名は、死すとも我が墓に生くれば、君が暗く汚れし業の為とて、などか御心に任すべき』。
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『後世への最大遺物』第二回・身体も弱く位地も低かったがそれがためにヨーロッパ中が動きだして、この十九世紀の始めにおいても、ジョン・ロックの著書でヨーロッパが動いた。それから合衆国が生まれた。それからフランスの共和国が生まれてきた。それからハンガリアの改革があった。それからイタリアの独立があった。実にジョン・ロックがヨーロッパの改革に及ぼした影響は非常であります。その結果を日本でお互いが感じている。われわれの願いは何であるか、個人の権力を増そうというのではないか。われわれはこのことをどこまで実行することができるか、それはまだ問題でございますけれども、何しろこれがわれわれの願いであります。もちろんジョン・ロック以前にも、そういう思想を持った人はあった。しかしながらジョン・ロックはその思想を形に顕わして、『人間知性論』という本を書いて死んでしまった。しかし彼の思想は今日われわれのなかに働いている。ジョン・ロックは身体も弱いし、社会の位地もごく低くあったけれども、彼は実に今日のヨーロッパを支配する人となったと思います。
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『後世への最大遺物』第二回・第三の遺物は思想である位地がありませぬと、えらい人でも志を抱いて空しく山間に終ってしまった者もたくさんあります。それゆえに事業をもって人を評することはできないことは、明かなることだろうと思います。それゆえに私に事業の天才もなし、またこれをなすの位地もなし、友達もなし、社会の賛成もなかったならば、私は身を滅ぼして死んでしまい、世の中に何も遺すことはできないかという問題が起ってくる。それでもし私に金を溜めることができず、また社会は私の事業をすることを許さなければ、私はまだ一つ遺すものを持っています。何であるかというと、私の思想です。もしこの世の中において私が私の考えを実行することができなければ、私はこれを実行する精神を、筆と墨とをもって紙の上に遺すことができる。
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『後世への最大遺物』第二回・ジョン・ロックの一冊イタリアなり、イギリスなり、フランスなり、ドイツなり、みな国家的精神を養わなければならぬとて、社会はあげて国家という団体に思想を傾けておった時でございました。その時に当って、どのような権力のある人であろうとも、彼の信ずるところの、個人は国家より大切であるという考えを世の中にいくら発表しても、実行のできないことはわかりきっておった。そこでこの学者は私かに裏店に引っ込んで本を書いた。この人は、ご存じでありましょう、ジョン・ロックであります。その本は『人間知性論』であります。しかるにこの本がフランスに往きまして、ルソーが読んだ、モンテスキューが読んだ、ミラボーが読んだ、そうしてその思想がフランス全国に行きわたって、ついに一七九〇年フランスの大革命が起ってきまして、フランスの二千八百万の国民を動かした。