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後世への最大遺物 / 第二回・第三の遺物は思想である

位地がありませぬとエライ人でも志を抱いて空しく山間に終ってしまった者もたくさんあります。それゆえに事業をもって人を評することはできないことは明かなることだろうと思います。それゆえに私に事業の天才もなし、またこれをなすの位地もなし、友達もなし、社会の賛成もなかったならば、私は身を滅ぼして死んでしまい、世の中に何も遺すことはできないかという問題が起ってくる。それでもし私に金を溜めることができず、また社会は私の事業をすることを許さなければ、私はまだ一つ遺すものを持っています。何であるかというと、私の思想です。もしこの世の中において私が私の考えを実行することができなければ、私はこれを実行する精神を筆と墨とをもって紙の上に遺すことができる。

書き下し

位地がありませぬと、えらい人でも志を抱いて空しく山間に終ってしまった者もたくさんあります。それゆえに事業をもって人を評することはできないことは、明かなることだろうと思います。それゆえに私に事業の天才もなし、またこれをなすの位地もなし、友達もなし、社会の賛成もなかったならば、私は身を滅ぼして死んでしまい、世の中に何も遺すことはできないかという問題が起ってくる。それでもし私に金を溜めることができず、また社会は私の事業をすることを許さなければ、私はまだ一つ遺すものを持っています。何であるかというと、私の思想です。もしこの世の中において私が私の考えを実行することができなければ、私はこれを実行する精神を、筆と墨とをもって紙の上に遺すことができる。

現代語訳

地位がなければ、偉い人でも志を抱いたまま空しく山間に終わってしまった者がたくさんいます。ですから、事業によって人を評価することはできないのは明らかでしょう。ですから、私に事業の天分もなく、それをなす地位もなく、友もなく、社会の賛同もなかったら、私は身を滅ぼして死に、世の中に何も遺せないのか、という問題が起こります。もし私が金を溜められず、社会が私の事業を許さないとしても、私にはまだ一つ遺すものがあります。何かというと、私の思想です。もしこの世で自分の考えを実行できないなら、私はそれを実行する精神を、筆と墨で紙の上に遺すことができます。

解説

第三の遺物が示されます。思想です。前の二つと違って、これには地位も資金も要りません。社会が自分の事業を許さなくても、紙と筆さえあれば遺せる。注目したいのは、思想を遺すのではなく、それを実行する精神を遺す、と書かれていることです。考えそのものではなく、考えを行いに移そうとする気迫を紙に残す。後の人がそれを読んで動くなら、実行できなかった自分の事業が別の人の手で立つ。実行を諦めない人の、最後の手段としての著述です。

この章句が説くこと

思想著述地位実行継承

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