後世への最大遺物 / 第二回・来世の人に大いに望む
私は山陽のほかのことは知りませぬ。かの人の私行については二つ三つ不同意なところがあります。彼の国体論や兵制論については不同意であります。しかしながら彼山陽の一つの Ambition すなわち「われは今世に望むところはないけれども来世の人に大いに望むところがある」といった彼の欲望は私が実に彼を尊敬してやまざるところであります。すなわち山陽は『日本外史』を遺物として死んでしまって、骨は洛陽東山に葬ってありますけれども、『日本外史』から新日本国は生まれてきました。
書き下し
私は山陽のほかのことは知りませぬ。かの人の私行については二つ三つ不同意なところがあります。彼の国体論や兵制論については不同意であります。しかしながら彼山陽の一つの野心、すなわち「われは今世に望むところはないけれども、来世の人に大いに望むところがある」といった彼の欲望は、私が実に彼を尊敬してやまざるところであります。すなわち山陽は『日本外史』を遺物として死んでしまって、骨は洛陽東山に葬ってありますけれども、『日本外史』から新日本国は生まれてきました。
現代語訳
私は山陽の他のことは知りません。あの人の私生活については二つ三つ賛成できないところがあります。彼の国体論や兵制論にも賛成できません。しかし山陽の一つの野心、すなわち、私は今の世に望むところはないが、後の世の人に大いに望むところがある、と言った彼の願いは、私が心から彼を尊敬してやまないところです。山陽は『日本外史』を遺物として死んでしまい、骨は京都の東山に葬られていますが、『日本外史』から新しい日本が生まれてきました。
解説
賛成できない点を先に並べてから尊敬を述べる、という順序に注意したい。私生活も、国体論も兵制論も認めないと言い切ったうえで、一点だけを尊敬する。人を丸ごと肯定も否定もしない評価の仕方です。そして尊敬する一点が、今の世ではなく後の世に望みを置いたことだという。自分の代で報われることを諦めた人にだけ可能な仕事がある、という本書の主題が、ここでもう一度確認されています。

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本の中身を見るこの章句が説くこと
評価野心後世思想尊敬
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