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後世への最大遺物 / 第一回・伝道を止めて探検家になった

けれども彼は考えました、アフリカを永遠に救うには今日は伝道ではいけない。すなわちアフリカの内地を探検して、その地理を明かにしこれに貿易を開いて勢力を与えねばいけぬ、ソウすれば伝道は商売の結果としてかならず来るに相違ない。そこで彼は伝道を止めまして探検家になったのでございます。彼はアフリカを三度縦横に横ぎり、わからなかった湖水もわかり、今までわからなかった河の方向も定められ、それがために種々の大事業も起ってきた。しかしながらリビングストンの事業はそれで終らない、スタンレーの探検となり、ペーテルスの探検となり、チャンバーレンの探検となり、今日のいわゆるアフリカ問題にして一つとしてリビングストンの事業に原因せぬものはないのでございます。コンゴ自由国、すなわち欧米九ヵ国が同盟しまして、プロテスタント主義の自由国をアフリカの中心に立つるにいたったのも、やはりリビングストンの手によったものといわなければなりませぬ。

書き下し

けれども彼は考えました、アフリカを永遠に救うには今日は伝道ではいけない。すなわちアフリカの内地を探検して、その地理を明かにし、これに貿易を開いて勢力を与えねばいけぬ、そうすれば伝道は商売の結果としてかならず来るに相違ない。そこで彼は伝道を止めまして探検家になったのでございます。彼はアフリカを三度縦横に横ぎり、わからなかった湖水もわかり、今までわからなかった河の方向も定められ、それがために種々の大事業も起ってきた。しかしながらリビングストンの事業はそれで終らない、スタンレーの探検となり、ペーテルスの探検となり、チャンバーレンの探検となり、今日のいわゆるアフリカ問題にして一つとしてリビングストンの事業に原因せぬものはないのでございます。コンゴ自由国、すなわち欧米九ヵ国が同盟しまして、プロテスタント主義の自由国をアフリカの中心に立つるにいたったのも、やはりリビングストンの手によったものといわなければなりませぬ。

現代語訳

けれども彼は考えました。アフリカを永遠に救うには、今は伝道ではいけない。アフリカの内陸を探検して地理を明らかにし、そこに貿易を開いて力を与えねばならない。そうすれば伝道は商売の結果として必ず来るに違いない、と。そこで彼は伝道をやめて探検家になったのです。彼はアフリカを三度縦横に横切り、分からなかった湖も分かり、それまで不明だった川の方向も定められ、そのために様々な大事業も起こってきました。しかしリビングストンの事業はそれで終わりません。スタンレーの探検となり、ペーテルスの探検となり、チェンバレンの探検となり、今日のいわゆるアフリカ問題で、リビングストンの事業に由来しないものは一つもありません。コンゴ自由国、すなわち欧米九か国が同盟してプロテスタント主義の自由国をアフリカの中心に立てるに至ったのも、やはりリビングストンの手によるものと言わねばなりません。

解説

目的のために手段を捨てた人として描かれます。伝道者が伝道をやめ、探検と貿易に転じた。目的に忠実であるために職業を変えたわけで、内村がこの人を事業家と呼ぶ理由がここにあります。ただし、その波及として挙げられるコンゴ自由国は、実際にはレオポルド二世による過酷な収奪の場となり、内村がこの講演をした時期にはまだ実態が知られていませんでした。善意の事業が後世にどう使われるかは遺した本人に制御できない、という重い例としても読めます。

この章句が説くこと

転向目的手段波及探検

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