後世への最大遺物 / 第一回・リビングストンを大事業家と見る
事業のことを考えますときに、私はいつでも有名のデビッド・リビングストンのことを思い出さないことはない。それで諸君のうち英語のできるお方に私はスコットランドの教授ブレーキの書いた“Life and Letters of David Livingstone”という本を読んでごらんなさることを勧めます。私一個人にとっては聖書のほかに、私の生涯に大刺激を与えた本は二つあります。一つはカーライルの『クロムウェル伝』であります。そのことについては私は後にお話をいたします。それからその次にこのブレーキ氏の書いた『デビッド・リビングストン』という本です。それでデビッド・リビングストンの一生涯はどういうものであったかというと、私は彼を宗教家あるいは宣教師と見るよりは、むしろ大事業家として尊敬せざるをえません。
書き下し
事業のことを考えますときに、私はいつでも有名のデビッド・リビングストンのことを思い出さないことはない。それで諸君のうち英語のできるお方に、私はスコットランドの教授ブレーキの書いた『リビングストンの生涯と書簡』という本を読んでごらんなさることを勧めます。私一個人にとっては、聖書のほかに、私の生涯に大刺激を与えた本は二つあります。一つはカーライルの『クロムウェル伝』であります。そのことについては私は後にお話をいたします。それからその次に、このブレーキ氏の書いた『デビッド・リビングストン』という本です。それでデビッド・リビングストンの一生涯はどういうものであったかというと、私は彼を宗教家あるいは宣教師と見るよりは、むしろ大事業家として尊敬せざるをえません。
現代語訳
事業のことを考えるとき、私はいつも有名なデビッド・リビングストンを思い出さずにいられません。ですから皆さんのうち英語のできる方に、スコットランドの教授ブレーキが書いた『リビングストンの生涯と書簡』という本を読んでみることをお勧めします。私個人にとって、聖書のほかに生涯へ大きな刺激を与えた本は二つあります。一つはカーライルの『クロムウェル伝』です。これについては後でお話しします。もう一つが、このブレーキ氏の書いた『デビッド・リビングストン』です。デビッド・リビングストンの一生涯はどういうものだったかというと、私は彼を宗教家あるいは宣教師と見るより、むしろ大事業家として尊敬せざるを得ません。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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自警録・第三章 強き人・独り相撲で強い人つまらぬことではあるが、今もなおわが輩の記憶に残れることがある。十余年以前であった。あるところに宴会が開かれ、当時議会で羽ぶりのよい有名な某政治家が招待せられ、わが輩もその末席についたことがある。酒数行、主客ともに興酣となり、談論に花が咲き、元気とか勝気とかいさましい議論の風発せるあいだに、わが輩は退席せんとして玄関に出た。某政治家も爛酔して前後もわきまえず女中の助けをかりて蹣跚として玄関に来たが、自分の強さ加減を証拠だてるため、女中が冠らせた帽子を、戦く手より奪いとり、玄関の柱に叩きつけ、意気揚々として車で帰ったことがある。この時までわが輩はおおいにこの政治家の人物を尊敬したが、このいわゆる強さを見て、 「ハハア、かねて聞き及べる某の硬骨とはこのへんが程度かな。この人は古シャッポを相手に克つ人だナア」 と思い、爾来大いに尊敬の念を失ったことがある。この前にもその後にも、他人についてこれに類した事実をしばしば目撃したが、こういうことが果たして強い証拠であろうかと思うと、何となく人を動物視したくなって来る。 またこれに類する話であるが、われわれがしばしば出会わすことは自分の勝った手柄自慢話である。俺はこういったら先方は一言もなかったとか、向うを大いにへこましたとか、最もしばしば耳にする語はこうこういってやったなどと、語る人の言によれば、いかにも先方は恐れ入ったように聞こゆるけれども、さて先方に質してみると、一向やられたともなんとも歯牙にかけないでおることがある。これらは独り相撲で力んでおる人である。
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