茶の本 / 第六章 花・一枝一条もみだりに切らない
わが茶や花の宗匠のやり口を知っている人はだれでも、彼らが宗教的の尊敬をもって花を見る事に気がついたに違いない。彼らは一枝一条もみだりに切り取る事をしないで、おのが心に描く美的配合を目的に注意深く選択する。彼らは、もし絶対に必要の度を越えて万一切り取るようなことがあると、これを恥とした。これに関連して言ってもよろしいと思われる事は、彼らはいつも、多少でも葉があればこれを花に添えておくという事である。というのは、彼らの目的は花の生活の全美を表わすにあるから。この点については、その他の多くの点におけると同様、彼らの方法は西洋諸国に行なわれるものとは異なっている。かの国では、花梗のみ、いわば胴のない頭だけが乱雑に花瓶にさしこんであるのをよく見受ける。
書き下し
わが茶や花の宗匠のやり口を知っている人はだれでも、彼らが宗教的の尊敬をもって花を見る事に気がついたに違いない。彼らは一枝一条もみだりに切り取る事をしないで、おのが心に描く美的配合を目的に注意深く選択する。彼らは、もし絶対に必要の度を越えて万一切り取るようなことがあると、これを恥とした。これに関連して言ってもよろしいと思われる事は、彼らはいつも、多少でも葉があればこれを花に添えておくという事である。というのは、彼らの目的は花の生活の全美を表わすにあるから。この点については、その他の多くの点におけると同様、彼らの方法は西洋諸国に行なわれるものとは異なっている。かの国では、花梗のみ、いわば胴のない頭だけが乱雑に花瓶にさしこんであるのをよく見受ける。
現代語訳
わが国の茶や花の宗匠のやり方を知っている人なら誰でも、彼らが宗教的な尊敬をもって花を見ることに気づいたに違いありません。彼らは一枝一本もみだりに切り取ることをせず、自分の心に描く美的な配合を目的に注意深く選びます。彼らは、もし絶対に必要な程度を越えて万一切り取るようなことがあれば、これを恥としました。これに関連して言ってよいと思われるのは、彼らはいつも、多少でも葉があればこれを花に添えておくということです。彼らの目的は、花の生活の全体の美しさを表すことにあるからです。この点については、他の多くの点と同様、彼らの方法は西洋諸国で行われるものと異なります。あの国では、花の茎だけ、いわば胴のない頭だけが乱雑に花瓶に挿してあるのをよく見かけます。
解説
この章句が説くこと
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説苑・說叢聖人の衣や體に便にして以て身を安んじ、其の食や腹に安んず。衣を適し食を節し、口目に聽かず。
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