後世への最大遺物 / 第一回・精神を籠めてすれば大きくなる
実にエライ事業でございます。有名の新発田の十万石、今は日本においてたぶん富の中心点であるだろうという所でございます。これらの大事業を考えてみるときに私の心のなかに起るところの考えは、もし金を後世に遺すことができぬならば、私は事業を遺したいとの考えです。また土木事業ばかりでなく、その他の事業でももしわれわれが精神を籠めてするときは、われわれの事業は、ちょうど金に利息がつき、利息に利息が加わってきて、だんだん多くなってくるように、一つの事業がだんだん大きくなって、終りには非常なる事業となります。
書き下し
実にえらい事業でございます。有名の新発田の十万石、今は日本においてたぶん富の中心点であるだろうという所でございます。これらの大事業を考えてみるときに、私の心のなかに起るところの考えは、もし金を後世に遺すことができぬならば、私は事業を遺したいとの考えです。また土木事業ばかりでなく、その他の事業でも、もしわれわれが精神を籠めてするときは、われわれの事業は、ちょうど金に利息がつき、利息に利息が加わってきて、だんだん多くなってくるように、一つの事業がだんだん大きくなって、終りには非常なる事業となります。
現代語訳
実に立派な事業です。有名な新発田の十万石は、今では日本でおそらく富の中心地だろうという所です。これらの大事業を考えるとき、私の心に浮かぶのは、もし金を後世に遺せないなら、私は事業を遺したいという考えです。また土木事業だけでなく、他の事業でも、もし私たちが心を込めてやるときは、その事業は、ちょうど金に利息がつき、利息に利息が重なってだんだん増えていくように、一つの事業がだんだん大きくなって、ついには非常な事業になります。
解説
事業についての節の結びです。ここで出される譬えが複利で、心を込めた仕事は利息に利息が重なるように育つ、と言います。土木の例が続いたあと、土木でなくてもよいと範囲を広げるのがこの段の役目で、遺物としての事業を誰の持ち場にも開いています。注意したいのは条件が一つだけ置かれていることで、精神を籠めてするとき、と限定されている。手を抜いた仕事は複利で育たず、むしろ後始末を残す。育つ仕事と消える仕事の分かれ目を、心の込め方に置いた一段です。
この章句が説くこと
事業複利精神成長遺物
関連する章句
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『後世への最大遺物』第二回・水の辺りに植えたる樹のようにこの心掛けをもってわれわれが毎年毎日進みましたならば、われわれの生涯は決して五十年や六十年の生涯にはあらずして、実に水の辺りに植えたる樹のようなもので、だんだんと芽を萌き、枝を生じてゆくものであると思います。けっして竹に木を接ぎ、木に竹を接ぐような、少しも成長しない価値のない生涯ではないと思います。こういう生涯を送らんことは実に私の最大希望でございまして、私の心を毎日慰め、かついろいろのことをなすに当って私を励ますことであります。それで私のなお一つの題の「真面目ならざる宗教家」というのは、時間がありませぬからここに述べませぬ。述べませぬけれども、しかしながら私の精神のあるところは、皆様に十分お話しいたしたと思います。
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