後世への最大遺物 / 第一回・金を儲けた人と金を使う人
大阪にいる人はたいそう金を使うことが上手であるが、京都にいる人は金を溜めることが上手である。東京の商人に聞いてみると、金を持っている人には商売はできない、金のないものが人の金を使うて事業をするのであると申します。純粋の事業家の成功を考えてみまするに、けっして金ではない。グールドはけっして事業家ではない。バンダービルトはけっして事業家ではない。バンダービルトは非常に金を作ることが上手でございました。そして彼は他の人の事業を助けただけであります。有名のカルフォルニアのスタンフォードは、たいへん金を儲けることが上手であった。しかしながらそのスタンフォードに三人の友人がありました。その友人のことは面白い話でございますが、時がないからお話をしませぬけれども、金を儲けた人と、金を使う人と、数々あります。
書き下し
大阪にいる人はたいそう金を使うことが上手であるが、京都にいる人は金を溜めることが上手である。東京の商人に聞いてみると、金を持っている人には商売はできない、金のないものが人の金を使うて事業をするのである、と申します。純粋の事業家の成功を考えてみまするに、けっして金ではない。グールドはけっして事業家ではない。バンダービルトはけっして事業家ではない。バンダービルトは非常に金を作ることが上手でございました。そして彼は他の人の事業を助けただけであります。有名のカリフォルニアのスタンフォードは、たいへん金を儲けることが上手であった。しかしながらそのスタンフォードに三人の友人がありました。その友人のことは面白い話でございますが、時がないからお話をしませぬけれども、金を儲けた人と、金を使う人と、数々あります。
現代語訳
大阪の人はたいそう金を使うのが上手ですが、京都の人は金を溜めるのが上手です。東京の商人に聞いてみると、金を持っている人には商売はできない、金のない者が人の金を使って事業をするのだ、と言います。純粋の事業家の成功を考えてみると、決して金ではありません。グールドは決して事業家ではない。バンダービルトも決して事業家ではない。バンダービルトは金を作るのが非常に上手でした。そして彼は他人の事業を助けただけです。有名なカリフォルニアのスタンフォードは、大変金を儲けるのが上手でした。しかしそのスタンフォードには三人の友人がいました。その友人の話は面白いのですが、時間がないのでお話ししません。金を儲けた人と、金を使う人とが、数々あります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『後世への最大遺物』第一回・溜める力と使う力「今におれが貧乏になったら、君はおれを助けろ」というておきました。実に金儲けは、やはりほかの職業と同じように、ある人たちの天職である。誰にも金を儲けることができるかということについては、私は疑います。それで金儲けのことについては少しも考えを与えてはならぬところの人が、金を儲けようといたしますると、その人は非常に穢なく見えます。そればかりではない、金は後世への最大遺物の一つでございますけれども、遺しようが悪いと、ずいぶん害をなす。それゆえに金を溜める力を持った人ばかりでなく、金を使う力を持った人が出てこなければならない。かの有名なるグールドのように、彼は生きているあいだに二千万ドル溜めた。そのために彼の親友四人までを自殺せしめ、あちらの会社を引き倒し、こちらの会社を引き倒して二千万ドル溜めた。
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『後世への最大遺物』第一回・溜めることを知って使うことを知らぬある人の言に「グールドが一千ドルとまとまった金を慈善のために出したことはない」と申しました。彼は死ぬときにその金をどうしたかというと、ただ自分の子供にそれを分け与えて死んだだけであります。すなわちグールドは金を溜めることを知って、金を使うことを知らぬ人であった。それゆえに金を遺物としようと思う人には、金を溜める力と、またその金を使う力とがなくてはならぬ。この二つの考えのない人、この二つの考えについて十分に決心しない人が、金を溜めるということは、はなはだ危険のことだと思います。
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『後世への最大遺物』第一回・金よりよい遺物は事業であるさて、私のように金を溜めることの下手なもの、あるいは溜めてもそれが使えない人は、後世の遺物に何を遺そうか。私はとうてい金持ちになる望みはない、ゆえにほとんど十年前にその考えをば捨ててしまった。それでもし金を遺すことができませぬならば、何を遺そうかという実際問題が出てきます。それで私が、金よりもよい遺物は何であるかと考えて見ますと、事業です。事業とは、すなわち金を使うことです。金は労力を代表するものでありますから、労力を使ってこれを事業に変じ、事業を遺して逝くことができる。金を得る力のない人で、事業家はたくさんあります。金持ちと事業家は二つ別物のように見える。商売する人と金を溜める人とは、人物が違うように見えます。
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『後世への最大遺物』第一回・頭割の慈善はしない方がよい私は金のためにはアメリカ人はたいへん弱い、アメリカ人は金のためにはだいぶ侵害されたる民であるということも知っております。けれどもアメリカ人のなかに金持ちがありまして、彼らが清き目的をもって金を溜め、それを清きことのために用うるということは、アメリカの今日の盛大をいたした大原因であるということだけは、私もわかって帰ってきました。それでもしわれわれのなかにも、実業に従事するときにこういう目的をもって金を溜める人が出てきませぬときには、本当の実業家はわれわれのなかに起りませぬ。そういう目的をもって実業家が起りませぬならば、彼らはいくら起っても国の益になりませぬ。ただただわずかに憲法発布式のときに貧乏人に一万円……一人に五十銭か六十銭くらいの頭割をなしたというような、そんな慈善はしない方がかえってよいです。
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『後世への最大遺物』第一回・そんなら今拵えてみたまえ金は宇宙のものであるから、金というものはいつでもできるものだという人に向って、フランクリンは答えて「そんなら今拵えてみたまえ」と申しました。それで私に金などは要らないというた牧師先生はどういう人であったかというに、後で聞いてみると、やはりずいぶん金を欲しがっている人だそうです。それで金というものは、いつでも得られるものであるということは、われわれが始終持っている考えでございますけれども、実際、金の要るときになってから、金というものは得るに非常にむずかしいものです。そうしてあるときは富というものは、どこでも得られるように、空中にでも懸っているもののように思いますけれども、その富を一つに集めることのできるものは、これは非常に神の助けを受くる人でなければできないことであります。
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『後世への最大遺物』第一回・精神を籠めてすれば大きくなる実にえらい事業でございます。有名の新発田の十万石、今は日本においてたぶん富の中心点であるだろうという所でございます。これらの大事業を考えてみるときに、私の心のなかに起るところの考えは、もし金を後世に遺すことができぬならば、私は事業を遺したいとの考えです。また土木事業ばかりでなく、その他の事業でも、もしわれわれが精神を籠めてするときは、われわれの事業は、ちょうど金に利息がつき、利息に利息が加わってきて、だんだん多くなってくるように、一つの事業がだんだん大きくなって、終りには非常なる事業となります。