後世への最大遺物 / 第一回・黒人の教育のために使った
ところが旅籠屋の亭主は「泊まるならば自由に泊まれ」というた。しかしピーボディーは、「それではすまぬ」というた。そうして家を見渡したところが、裏に薪がたくさん積んであった。それから「御厄介になる代りに、裏の薪を割らしてください」というて旅籠屋の亭主の承諾を得て、昼過ぎかかって夜まで薪を挽き、これを割り、たいていこのくらいで旅籠賃に足ると思うくらいまで働きまして、そうして後に泊まったということであります。そのピーボディーは彼の一生涯を何に費したかというと、何百万ドルという高は知っておりませぬけれども、金を溜めて、ことに黒人の教育のために使った。今日アメリカにおります黒人がたぶん日本人と同じくらいの社交的程度に達しておりますのは何であるかというに、それはピーボディーのごとき慈善家の金の結果であるといわなければなりません。
書き下し
ところが旅籠屋の亭主は「泊まるならば自由に泊まれ」というた。しかしピーボディーは、「それではすまぬ」というた。そうして家を見渡したところが、裏に薪がたくさん積んであった。それから「御厄介になる代りに、裏の薪を割らしてください」というて旅籠屋の亭主の承諾を得て、昼過ぎかかって夜まで薪を挽き、これを割り、たいていこのくらいで旅籠賃に足ると思うくらいまで働きまして、そうして後に泊まったということであります。そのピーボディーは彼の一生涯を何に費したかというと、何百万ドルという高は知っておりませぬけれども、金を溜めて、ことに黒人の教育のために使った。今日アメリカにおります黒人が、たぶん日本人と同じくらいの社交的程度に達しておりますのは何であるかというに、それはピーボディーのごとき慈善家の金の結果であるといわなければなりません。
現代語訳
ところが宿屋の主人は、泊まるなら自由に泊まれ、と言いました。しかしピーボディーは、それでは済まない、と言う。そして家を見渡すと、裏に薪がたくさん積んであった。それで、お世話になる代わりに裏の薪を割らせてください、と言って主人の承諾を得、昼過ぎから夜まで薪を挽き、割り、これくらいで宿代に足りるだろうと思うまで働いて、それから泊まったということです。そのピーボディーが一生涯を何に費やしたかというと、何百万ドルという額は知りませんが、金を溜めて、とくに黒人の教育のために使いました。今日アメリカにいる黒人が、たぶん日本人と同じくらいの社会的水準に達しているのは何によるかといえば、ピーボディーのような慈善家の金の結果だと言わねばなりません。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『後世への最大遺物』第一回・ピーボディーは薪を割って泊まったまた有名なる慈善家ピーボディーは、いかにして彼の大業を成したかと申しまするに、彼が初めてベルモントの山から出るときには、ボストンに出て大金持ちになろうという希望を持っておったのでございます。彼は一文なしで故郷を出てきました。それでボストンまでは、その時分はもちろん汽車はありませんし、また馬車があっても無銭では乗れませぬから、ある旅籠屋の亭主に向い、「私はボストンまで往かなければならぬ、しかしながら日が暮れて困るから今夜泊めてくれぬか」というたら、旅籠屋の亭主が、可愛想だから泊めてやろう、というて喜んで引き受けた。けれどもそのときにピーボディーは旅籠屋の亭主に向って「無銭で泊まることは嫌だ、何かさしてくれるならば泊まりたい」というた。
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『後世への最大遺物』第一回・頭割の慈善はしない方がよい私は金のためにはアメリカ人はたいへん弱い、アメリカ人は金のためにはだいぶ侵害されたる民であるということも知っております。けれどもアメリカ人のなかに金持ちがありまして、彼らが清き目的をもって金を溜め、それを清きことのために用うるということは、アメリカの今日の盛大をいたした大原因であるということだけは、私もわかって帰ってきました。それでもしわれわれのなかにも、実業に従事するときにこういう目的をもって金を溜める人が出てきませぬときには、本当の実業家はわれわれのなかに起りませぬ。そういう目的をもって実業家が起りませぬならば、彼らはいくら起っても国の益になりませぬ。ただただわずかに憲法発布式のときに貧乏人に一万円……一人に五十銭か六十銭くらいの頭割をなしたというような、そんな慈善はしない方がかえってよいです。
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『後世への最大遺物』第一回・第一の遺物は金である後世へわれわれの遺すもののなかに、まず第一番に大切のものがある。何であるかというと金です。われわれが死ぬときに遺産金を社会に遺して逝く、己の子供に遺して逝くばかりでなく、社会に遺して逝くということです。それは多くの人の考えにあるところではないかと思います。それでそういうことをキリスト信者の前にいいますると、金を遺すなどということは実につまらないことではないか、という反対がじきに出るだろうと思います。私は覚えております。明治十六年に初めて札幌から山男になって東京に出てきました。その時分に東京には奇体な現象があって、それを名づけてリバイバルというたのです。その時分、私は後世に何を遺さんかと思っておりしかというに、私は実業教育を受けたものであったから、もちろん金を遺したかった、億万の富を日本に遺して、日本を救ってやりたいという考えをもっておりました。
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『後世への最大遺物』第一回・妻はなし、子供はなし彼に子供はなかった、妻君も早く死んでしまった。「妻はなし、子供はなし、私には何にも目的はない。けれども、どうか世界第一の孤児院を建ててやりたい」というて、一生懸命に働いて拵えた金で建てた孤児院でございます。その時分はアメリカ開国の早いころでありましたから、金の溜め方が今のように早くゆかなかった。しかし一生涯かかって溜めたところのものは、おおよそ二百万ドルばかりでありました。それをもってペンシルバニア州に人の気のつかぬ地面をたくさん買った。それで死ぬときに、「この金をもって二つの孤児院を建てろ、一つはおれを育ててくれたところのニューオルリーンズに建て、一つはおれの住んだところのフィラデルフィアに建てろ」と申しました。
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『後世への最大遺物』第一回・溜める力と使う力「今におれが貧乏になったら、君はおれを助けろ」というておきました。実に金儲けは、やはりほかの職業と同じように、ある人たちの天職である。誰にも金を儲けることができるかということについては、私は疑います。それで金儲けのことについては少しも考えを与えてはならぬところの人が、金を儲けようといたしますると、その人は非常に穢なく見えます。そればかりではない、金は後世への最大遺物の一つでございますけれども、遺しようが悪いと、ずいぶん害をなす。それゆえに金を溜める力を持った人ばかりでなく、金を使う力を持った人が出てこなければならない。かの有名なるグールドのように、彼は生きているあいだに二千万ドル溜めた。そのために彼の親友四人までを自殺せしめ、あちらの会社を引き倒し、こちらの会社を引き倒して二千万ドル溜めた。
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『後世への最大遺物』第一回・そんなら今拵えてみたまえ金は宇宙のものであるから、金というものはいつでもできるものだという人に向って、フランクリンは答えて「そんなら今拵えてみたまえ」と申しました。それで私に金などは要らないというた牧師先生はどういう人であったかというに、後で聞いてみると、やはりずいぶん金を欲しがっている人だそうです。それで金というものは、いつでも得られるものであるということは、われわれが始終持っている考えでございますけれども、実際、金の要るときになってから、金というものは得るに非常にむずかしいものです。そうしてあるときは富というものは、どこでも得られるように、空中にでも懸っているもののように思いますけれども、その富を一つに集めることのできるものは、これは非常に神の助けを受くる人でなければできないことであります。