後世への最大遺物 / 第一回・ピーボディーは薪を割って泊まった
また有名なる慈善家ピーボディーはいかにして彼の大業を成したかと申しまするに、彼が初めてベルモントの山から出るときには、ボストンに出て大金持ちになろうという希望を持っておったのでございます。彼は一文なしで故郷を出てきました。それでボストンまではその時分はもちろん汽車はありませんし、また馬車があっても無銭では乗れませぬから、ある旅籠屋の亭主に向い、「私はボストンまで往かなければならぬ、しかしながら日が暮れて困るから今夜泊めてくれぬか」というたら、旅籠屋の亭主が、可愛想だから泊めてやろう、というて喜んで引き受けた。けれどもそのときにピーボディーは旅籠屋の亭主に向って「無銭で泊まることは嫌だ、何かさしてくれるならば泊まりたい」というた。
書き下し
また有名なる慈善家ピーボディーは、いかにして彼の大業を成したかと申しまするに、彼が初めてベルモントの山から出るときには、ボストンに出て大金持ちになろうという希望を持っておったのでございます。彼は一文なしで故郷を出てきました。それでボストンまでは、その時分はもちろん汽車はありませんし、また馬車があっても無銭では乗れませぬから、ある旅籠屋の亭主に向い、「私はボストンまで往かなければならぬ、しかしながら日が暮れて困るから今夜泊めてくれぬか」というたら、旅籠屋の亭主が、可愛想だから泊めてやろう、というて喜んで引き受けた。けれどもそのときにピーボディーは旅籠屋の亭主に向って「無銭で泊まることは嫌だ、何かさしてくれるならば泊まりたい」というた。
現代語訳
また有名な慈善家ピーボディーが、どうやって大事業を成したかというと、彼が初めてベルモントの山から出るときは、ボストンに出て大金持ちになろうという望みを持っていました。彼は一文なしで故郷を出てきた。当時ボストンまでは汽車もなく、馬車があっても金がなければ乗れませんから、ある宿屋の主人に、私はボストンまで行かねばならないが、日が暮れて困るので今夜泊めてくれないか、と頼みました。宿屋の主人は、かわいそうだから泊めてやろう、と喜んで引き受けた。ところがそのときピーボディーは主人に向かって、ただで泊まるのは嫌だ、何かさせてくれるなら泊まりたい、と言いました。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『後世への最大遺物』第一回・黒人の教育のために使ったところが旅籠屋の亭主は「泊まるならば自由に泊まれ」というた。しかしピーボディーは、「それではすまぬ」というた。そうして家を見渡したところが、裏に薪がたくさん積んであった。それから「御厄介になる代りに、裏の薪を割らしてください」というて旅籠屋の亭主の承諾を得て、昼過ぎかかって夜まで薪を挽き、これを割り、たいていこのくらいで旅籠賃に足ると思うくらいまで働きまして、そうして後に泊まったということであります。そのピーボディーは彼の一生涯を何に費したかというと、何百万ドルという高は知っておりませぬけれども、金を溜めて、ことに黒人の教育のために使った。今日アメリカにおります黒人が、たぶん日本人と同じくらいの社交的程度に達しておりますのは何であるかというに、それはピーボディーのごとき慈善家の金の結果であるといわなければなりません。
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『後世への最大遺物』第一回・妻はなし、子供はなし彼に子供はなかった、妻君も早く死んでしまった。「妻はなし、子供はなし、私には何にも目的はない。けれども、どうか世界第一の孤児院を建ててやりたい」というて、一生懸命に働いて拵えた金で建てた孤児院でございます。その時分はアメリカ開国の早いころでありましたから、金の溜め方が今のように早くゆかなかった。しかし一生涯かかって溜めたところのものは、おおよそ二百万ドルばかりでありました。それをもってペンシルバニア州に人の気のつかぬ地面をたくさん買った。それで死ぬときに、「この金をもって二つの孤児院を建てろ、一つはおれを育ててくれたところのニューオルリーンズに建て、一つはおれの住んだところのフィラデルフィアに建てろ」と申しました。
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『後世への最大遺物』第一回・ジラードの孤児院アメリカの有名なるフィラデルフィアのジラードという、フランスの商人が、アメリカに移住しまして、建てた孤児院を、私は見ました。これは世界第一番の孤児院です。およそ小学生徒くらいのものが七百人ばかりおります。中学、大学くらいまでの孤児をずっとならべますならば、たぶん千人以上のように覚えました。その孤児院の組織を見まするに、われわれの今日日本にあるところの孤児院のように、寄附金の足らないために事業がさしつかえるような孤児院ではなくして、ジラードが生涯かかって溜めた金をことごとく投じて建てたものです。ジラードの生涯を書いたものを読んでみますると、なんでもない、ただその一つの目的をもって金を溜めたのです。
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『後世への最大遺物』第一回・そんなら今拵えてみたまえ金は宇宙のものであるから、金というものはいつでもできるものだという人に向って、フランクリンは答えて「そんなら今拵えてみたまえ」と申しました。それで私に金などは要らないというた牧師先生はどういう人であったかというに、後で聞いてみると、やはりずいぶん金を欲しがっている人だそうです。それで金というものは、いつでも得られるものであるということは、われわれが始終持っている考えでございますけれども、実際、金の要るときになってから、金というものは得るに非常にむずかしいものです。そうしてあるときは富というものは、どこでも得られるように、空中にでも懸っているもののように思いますけれども、その富を一つに集めることのできるものは、これは非常に神の助けを受くる人でなければできないことであります。
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『後世への最大遺物』第一回・溜める力と使う力「今におれが貧乏になったら、君はおれを助けろ」というておきました。実に金儲けは、やはりほかの職業と同じように、ある人たちの天職である。誰にも金を儲けることができるかということについては、私は疑います。それで金儲けのことについては少しも考えを与えてはならぬところの人が、金を儲けようといたしますると、その人は非常に穢なく見えます。そればかりではない、金は後世への最大遺物の一つでございますけれども、遺しようが悪いと、ずいぶん害をなす。それゆえに金を溜める力を持った人ばかりでなく、金を使う力を持った人が出てこなければならない。かの有名なるグールドのように、彼は生きているあいだに二千万ドル溜めた。そのために彼の親友四人までを自殺せしめ、あちらの会社を引き倒し、こちらの会社を引き倒して二千万ドル溜めた。
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『後世への最大遺物』第一回・牧師に叱られても変えなかった自分には明治二十七年になったら、夏期学校の講師に選ばれるという考えは、その時分にはちっともなかったのです。金を遺したい、金満家になりたい、という希望を持っておったのです。ところがこのことを、あるリバイバルに非常に熱心の牧師先生に話したところが、その牧師さんに私は非常に叱られました。「金を遺したい、というイクジのない、そんなものはどうにもなるから、君は福音のために働きたまえ」というて戒められた。しかし私はその決心を変更しなかった。今でも変更しない。金を遺すものを賤しめるような人は、やはり金のことに賤しい人であります、吝嗇な人であります。金というものは、ここで金の価値について長い講釈をするには及びませぬけれども、しかしながら金というものの必要は、あなたがた十分に認めておいでなさるだろうと思います。