後世への最大遺物 / 第一回・妻はなし、子供はなし
彼に子供はなかった、妻君も早く死んでしまった。「妻はなし、子供はなし、私には何にも目的はない。けれども、どうか世界第一の孤児院を建ってやりたい」というて、一生懸命に働いて拵えた金で建てた孤児院でございます。その時分はアメリカ開国の早いころでありましたから、金の溜め方が今のように早くゆかなかった。しかし一生涯かかって溜めたところのものは、おおよそ二百万ドルばかりでありました。それをもってペンシルバニア州に人の気のつかぬ地面をたくさん買った。それで死ぬときに、「この金をもって二つの孤児院を建てろ、一つはおれを育ててくれたところのニューオルリーンズに建て、一つはおれの住んだところのフィラデルフィアに建てろ」と申しました。
書き下し
彼に子供はなかった、妻君も早く死んでしまった。「妻はなし、子供はなし、私には何にも目的はない。けれども、どうか世界第一の孤児院を建ててやりたい」というて、一生懸命に働いて拵えた金で建てた孤児院でございます。その時分はアメリカ開国の早いころでありましたから、金の溜め方が今のように早くゆかなかった。しかし一生涯かかって溜めたところのものは、おおよそ二百万ドルばかりでありました。それをもってペンシルバニア州に人の気のつかぬ地面をたくさん買った。それで死ぬときに、「この金をもって二つの孤児院を建てろ、一つはおれを育ててくれたところのニューオルリーンズに建て、一つはおれの住んだところのフィラデルフィアに建てろ」と申しました。
現代語訳
彼には子供がなく、妻も早く亡くなりました。妻はなし、子供はなし、私には何の目的もない。けれどもどうか世界一の孤児院を建ててやりたい、と言って、一生懸命働いて作った金で建てた孤児院です。当時はアメリカが開けて間もないころでしたから、金の溜まり方は今ほど速くありませんでした。しかし一生涯かけて溜めたのは、およそ二百万ドルでした。それでペンシルバニア州に、人が目をつけていない土地をたくさん買いました。そして死ぬとき、この金で孤児院を二つ建てろ、一つは自分を育ててくれたニューオーリンズに、一つは自分が住んだフィラデルフィアに建てろ、と言いました。
解説
この章句が説くこと
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『後世への最大遺物』第一回・ジラードの孤児院アメリカの有名なるフィラデルフィアのジラードという、フランスの商人が、アメリカに移住しまして、建てた孤児院を、私は見ました。これは世界第一番の孤児院です。およそ小学生徒くらいのものが七百人ばかりおります。中学、大学くらいまでの孤児をずっとならべますならば、たぶん千人以上のように覚えました。その孤児院の組織を見まするに、われわれの今日日本にあるところの孤児院のように、寄附金の足らないために事業がさしつかえるような孤児院ではなくして、ジラードが生涯かかって溜めた金をことごとく投じて建てたものです。ジラードの生涯を書いたものを読んでみますると、なんでもない、ただその一つの目的をもって金を溜めたのです。
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『後世への最大遺物』第一回・石炭と鉄とを出す山それが今日のペンシルバニア州における石炭と鉄とを出す山でございます。実に今日の富はほとんど何千万ドルであるかわからない。今はどれだけ事業を拡張してもよい、ただただ拡張する人がいないだけです。それでもし諸君のうち、フィラデルフィアに往く方があれば、一番にまずこの孤児院を往って見ることをお勧め申します。
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『後世への最大遺物』第一回・穢ない銭は一文もないまたそういう希望を持った人は、神がその人に命じたところの考えであると思うて、十分にそのことを自から奨励されんことを望む。あるアメリカの金持ちが「私は汝にこの金を譲り渡すが、このなかに穢ない銭は一文もない」というて子供に遺産を渡したそうですが、私どもはそういう金が欲しいのです。
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