後世への最大遺物 / 第一回・ジラードの孤児院
アメリカの有名なるフィラデルフィアのジラードというフランスの商人が、アメリカに移住しまして、建てた孤児院を、私は見ました。これは世界第一番の孤児院です。およそ小学生徒くらいのものが七百人ばかりおります。中学、大学くらいまでの孤児をズッとならべますならば、たぶん千人以上のように覚えました。その孤児院の組織を見まするに、われわれの今日日本にあるところの孤児院のように、寄附金の足らないために事業がさしつかえるような孤児院ではなくして、ジラードが生涯かかって溜めた金をことごとく投じて建てたものです。ジラードの生涯を書いたものを読んでみますると、なんでもない、ただその一つの目的をもって金を溜めたのです。
書き下し
アメリカの有名なるフィラデルフィアのジラードという、フランスの商人が、アメリカに移住しまして、建てた孤児院を、私は見ました。これは世界第一番の孤児院です。およそ小学生徒くらいのものが七百人ばかりおります。中学、大学くらいまでの孤児をずっとならべますならば、たぶん千人以上のように覚えました。その孤児院の組織を見まするに、われわれの今日日本にあるところの孤児院のように、寄附金の足らないために事業がさしつかえるような孤児院ではなくして、ジラードが生涯かかって溜めた金をことごとく投じて建てたものです。ジラードの生涯を書いたものを読んでみますると、なんでもない、ただその一つの目的をもって金を溜めたのです。
現代語訳
アメリカの有名な、フィラデルフィアのジラードというフランス出身の商人がアメリカに移住して建てた孤児院を、私は見ました。これは世界一の孤児院です。小学生くらいの子が七百人ほどいます。中学、大学くらいまでの孤児を並べれば、たぶん千人以上だったと覚えています。その孤児院の仕組みを見ると、今日の日本にある孤児院のように寄付金が足りなくて事業が行き詰まるようなものではなく、ジラードが生涯かけて溜めた金をすべて投じて建てたものです。ジラードの生涯を書いたものを読んでみると、何ということはない、ただその一つの目的のために金を溜めたのです。
解説
金を遺した実例の一人目です。スティーブン・ジラードは実在の大商人で、遺産でフィラデルフィアに学校を建てました。内村が注目するのは規模ではなく、寄付に頼らず自前の蓄財で建てたので事業が行き詰まらない、という点です。そして生涯を読んでみれば、ただ一つの目的のために金を溜めたと言う。目的が先にあって蓄財が後から従っている順序が肝で、溜めてから使い道を考えたのではない。前段で祝福した蓄財の、具体的な形がここに置かれています。
この章句が説くこと
金目的慈善孤児院蓄財
関連する章句
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『後世への最大遺物』第一回・宗派の教師は入れるなそれで妙な癖があった人とみえまして、教会というものをたいそう嫌ったのです。それで「おれは別にこの金を使うことについて条件はつけないけれども、おれの建ったところの孤児院のなかに、デノミネーションすなわち宗派の教師は誰でも入れてはならぬ」という稀代な条件をつけて死んでしまった。それゆえに、今でもメソジストの教師でも、監督教会の教師でも、組合教会の教師でも、この孤児院にはいることはお気の毒でございますけれどもできませぬ。そのほかは誰でもそこにはいることができる。それでこの孤児院の組織のことは長いことでございますから、今ここにお話し申しませぬけれども、前に述べた二百万ドルをもって買い集めましたところの山です。
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『後世への最大遺物』第一回・溜めることを知って使うことを知らぬある人の言に「グールドが一千ドルとまとまった金を慈善のために出したことはない」と申しました。彼は死ぬときにその金をどうしたかというと、ただ自分の子供にそれを分け与えて死んだだけであります。すなわちグールドは金を溜めることを知って、金を使うことを知らぬ人であった。それゆえに金を遺物としようと思う人には、金を溜める力と、またその金を使う力とがなくてはならぬ。この二つの考えのない人、この二つの考えについて十分に決心しない人が、金を溜めるということは、はなはだ危険のことだと思います。
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