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後世への最大遺物 / 第一回・二百万ドルの墓

先日その墓が成ったそうでございます。ドンナに立派な墓であるかは知りませぬけれども、その計算に驚いた、二百万ドルかかったというのでございます。二百万ドルの金をかけて自分の墓を建ったのは確かにキリスト教的の考えではございません。

書き下し

先日その墓が成ったそうでございます。どんなに立派な墓であるかは知りませぬけれども、その計算に驚いた。二百万ドルかかったというのでございます。二百万ドルの金をかけて自分の墓を建てたのは、確かにキリスト教的の考えではございません。

現代語訳

先日その墓ができあがったそうです。どれほど立派な墓なのかは知りませんが、その金額に驚きました。二百万ドルかかったというのです。二百万ドルもの金をかけて自分の墓を建てたのは、たしかにキリスト教的な考えではありません。

解説

前の段で紹介した未亡人の墓の顛末が、金額ひとつで示されます。明治二十七年の二百万ドルは、当時の日本の国家予算の規模から見ても目を疑う額です。内村はここで、その墓が立派かどうかを一切論じません。知らない、と突き放して金額だけを置く。後世に遺すものの値打ちは、かけた金では測れないという判定が、批評の言葉ではなく数字の提示だけで下されている。このあと第一の遺物は金であると言い出す内村が、金そのものは否定していないことも合わせて読むと、金の使い道こそが問われていると分かります。

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