後世への最大遺物 / 第一回・ハーシェルは南天の星を描いた
実に美しい青年の希望ではありませんか。「この世の中を、私が死ぬときは、私の生まれたときよりは少しなりともよくして逝こうじゃないか」と。ハーシェルの伝記を読んでごらんなさい。彼はこの世の中を非常によくして逝った人であります。今まで知られない天体を全く描いて逝った人であります。南半球の星を、何年間かアフリカの希望峰植民地に行きまして、スッカリ図に載せましたゆえに、今日の天文学者の知識はハーシェルによってドレだけ利益を得たか知れない。それがために航海が開け、商業が開け、人類が進歩し、ついには宣教師を外国にやることが出き、キリスト教伝播の直接間接の助けにどれだけなったか知れませぬ。われわれもハーシェルと同じに互いにみな希望 Ambition を遂げとうはございませぬか。
書き下し
実に美しい青年の希望ではありませんか。「この世の中を、私が死ぬときは、私の生まれたときよりは少しなりともよくして逝こうじゃないか」と。ハーシェルの伝記を読んでごらんなさい。彼はこの世の中を非常によくして逝った人であります。今まで知られない天体を全く描いて逝った人であります。南半球の星を、何年間かアフリカの希望峰植民地に行きまして、すっかり図に載せましたゆえに、今日の天文学者の知識はハーシェルによってどれだけ利益を得たか知れない。それがために航海が開け、商業が開け、人類が進歩し、ついには宣教師を外国にやることができ、キリスト教伝播の直接間接の助けにどれだけなったか知れませぬ。われわれもハーシェルと同じに、互いにみな希望 Ambition を遂げとうはございませぬか。
現代語訳
実に美しい青年の希望ではありませんか。私が死ぬときには、生まれたときより世の中を少しでもよくして逝こうではないか、と。ハーシェルの伝記を読んでごらんなさい。彼はこの世を大いによくして逝った人です。それまで知られていなかった天体をすべて描いて逝った人です。南半球の星を、何年間かアフリカの喜望峰の植民地に行って、すっかり星図に載せた。そのおかげで今日の天文学者の知識がハーシェルからどれほど利益を得たかわかりません。それによって航海が開け、商業が開け、人類が進歩し、ついには宣教師を外国へ送ることができ、キリスト教の伝播に直接間接どれほど助けになったかわかりません。私たちもハーシェルと同じように、互いに希望を遂げたくはありませんか。
解説
この章句が説くこと
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『後世への最大遺物』第一回・生まれたときより世を善くして往くしかるに今われわれは、世界というこの学校を去りまするときに、われわれは何もここに遺さずに往くのでございますか。その点からいうと、やはり私には、千載青史に列するを得んという望みが残っている。私は何かこの地球に Memento を置いて逝きたい、私がこの地球を愛した証拠を置いて逝きたい、私が同胞を愛した記念碑を置いて逝きたい。それゆえに、お互いにここに生まれてきた以上は、われわれが喜ばしい国に往くかも知れませぬけれども、しかしわれわれがこの世の中にあるあいだは、少しなりともこの世の中を善くして往きたいです。この世の中にわれわれの Memento を遺して逝きたいです。有名なる天文学者のハーシェルが二十歳ばかりのときに、彼の友人に語って「わが愛する友よ、われわれが死ぬときには、われわれが生まれたときより、世の中を少しなりともよくして往こうではないか」といった。
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『後世への最大遺物』第一回・何か一つ事業を成し遂げてわれわれが死ぬまでには、この世の中を少しなりとも善くして死にたいではありませんか。何か一つ事業を成し遂げて、できるならば、われわれの生まれたときよりも、この日本を少しなりともよくして逝きたいではありませんか。この点については、われわれ皆々同意であろうと思います。
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『後世への最大遺物』第一回・地球に記念を遺したいしかしながら、私にここに一つの希望がある。この世の中をずっと通り過ぎて安らかに天国に往き、私の予備学校を卒業して天国なる大学校にはいってしまったならば、それでたくさんかと己れの心に問うてみると、そのときに私の心に清い欲が一つ起ってくる。すなわち、私に五十年の命をくれたこの美しい地球、この美しい国、この楽しい社会、このわれわれを育ててくれた山、河、これらに私が何も遺さずには死んでしまいたくない、との希望が起ってくる。どうぞ私は、死んでからただに天国に往くばかりでなく、私はここに一つの何かを遺して往きたい。それで、何もかならずしも後世の人が私を褒めたててくれというのではない、私の名誉を遺したいというのではない、ただ私がどれほどこの地球を愛し、どれだけこの世界を愛し、どれだけ私の同胞を思ったかという記念物を、この世に置いて往きたいのである。すなわち英語でいう Memento を残したいのである。
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『後世への最大遺物』第一回・千載青史に列するを得ん私のようにこんなに弱いもので、子供のときから身体が弱うございましたが、こういうような弱い身体であって、別に社会に立つ位置もなし、また私を社会に引っ張ってくれる電信線もございませぬけれども、どうぞ私も一人の歴史的の人間になって、そうして千載青史に列するを得るくらいの人間になりたいという心が、やはり私にも起ったのでございます。その欲望はけっして悪い欲望とは思っていませぬ。私がそのことを父に話し、友達に話したときに、彼らはたいへん喜んだ。「汝にそれほどの希望があったならば、汝の生涯はまことに頼もしい」といって喜んでくれました。ところが不意にキリスト教に接し、通常この国において説かれましたキリスト教の教えを受けたときには、青年のときに持ったところの、千載青史に列するを得んというこの欲望が、大分なくなってきました。
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『後世への最大遺物』第一回・デビッド・リビングストンもし私は金を溜めることができなかったならば、あるいはまた土木事業を起すことができぬならば、私はデビッド・リビングストンのような事業をしたいと思います。この人はスコットランドのグラスゴーの機屋の子でありまして、若いときからして公共事業に非常に注意しました。「どこかに私は」……デビッド・リビングストンの考えまするに……「どこかに私は一事業を起してみたい」という考えで、始めは支那に往きたいという考えでありまして、その望みをもって英国の伝道会社に訴えてみたところが、支那に遣る必要がないといって許されなかった。ついにアフリカにはいって、三十七年間己れの生命をアフリカのために差し出し、始めのうちはおもに伝道をしておりました。
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『後世への最大遺物』第一回・土木事業を遺すそれですから金を溜めて金を遺すことができないならば、あるいは神が私に事業をなす天才を与えてくださったかも知れませぬ。もしそうならば、私は金を遺すことができませぬとも、事業を遺せば充分満足します。それで事業をなすということは、美しいことであるはもちろんです。どういう事業が一番誰にもわかるかというと、土木的の事業です。私は土木学者ではありませぬけれども、土木事業を見ることが非常に好きでございます。一つの土木事業を遺すことは、実にわれわれにとっても快楽であるし、また永遠の喜びと富とを後世に遺すことではないかと思います。今日も船に乗って、湖水の向こうまで往きました。その南の方に当って水門がある。その水門というは、山の裾をくぐっている一つの隧道であります。