後世への最大遺物 / 第一回・千載青史に列するを得ん
私のようにこんなに弱いもので子供のときから身体が弱うございましたが、こういうような弱い身体であって別に社会に立つ位置もなし、また私を社会に引ッ張ってくれる電信線もございませぬけれども、ドウゾ私も一人の歴史的の人間になって、そうして千載青史に列するを得るくらいの人間になりたいという心がやはり私にも起ったのでございます。その欲望はけっして悪い欲望とは思っていませぬ。私がそのことを父に話し友達に話したときに彼らはたいへん喜んだ。「汝にそれほどの希望があったならば汝の生涯はまことに頼もしい」といって喜んでくれました。ところが不意にキリスト教に接し、通常この国において説かれましたキリスト教の教えを受けたときには、青年のときに持ったところの千載青史に列するを得んというこの欲望が大分なくなってきました。
書き下し
私のようにこんなに弱いもので、子供のときから身体が弱うございましたが、こういうような弱い身体であって、別に社会に立つ位置もなし、また私を社会に引っ張ってくれる電信線もございませぬけれども、どうぞ私も一人の歴史的の人間になって、そうして千載青史に列するを得るくらいの人間になりたいという心が、やはり私にも起ったのでございます。その欲望はけっして悪い欲望とは思っていませぬ。私がそのことを父に話し、友達に話したときに、彼らはたいへん喜んだ。「汝にそれほどの希望があったならば、汝の生涯はまことに頼もしい」といって喜んでくれました。ところが不意にキリスト教に接し、通常この国において説かれましたキリスト教の教えを受けたときには、青年のときに持ったところの、千載青史に列するを得んというこの欲望が、大分なくなってきました。
現代語訳
私のようにこんなに弱い者で、子供のころから身体が弱かったのですが、こういう弱い身体で、社会に立つ地位もなく、私を社会へ引っ張ってくれる伝手もありませんでしたが、それでも、どうか私も一人の歴史的な人間になって、千年の歴史に名を連ねるほどの人間になりたい、という心がやはり起こったのです。その欲望は決して悪い欲望だとは思っていません。そのことを父に話し、友達に話したとき、彼らは大いに喜びました。お前にそれほどの望みがあるなら、お前の生涯は実に頼もしい、と言って喜んでくれた。ところが不意にキリスト教に触れ、普通この国で説かれているキリスト教の教えを受けたとき、青年のころに抱いた、千年の歴史に名を連ねたいというこの欲望が、かなり薄れてきたのです。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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孟子・盡心章句上公孫丑曰く、「伊尹曰く、『予、不順に狎れしめず。』太甲を桐に放ち、民大いに悅ぶ。太甲賢となる。又之を反し、民大いに悅ぶ。賢者の人臣為るや、其の君、賢ならざれば、則ち固より放つ可きか。」孟子曰く、「伊尹の志有れば、則ち可なり。伊尹の志無ければ、則ち篡うなり。」
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荀子・大略篇公行子之(こうこうしし)、燕(えん)に之(ゆ)き、曾元(そうげん)に塗(みち)に遇(あ)ひて曰く、「燕君(えんくん)は何如(いかん)」と。曾元曰く、「志(こころざし)卑(ひく)し。志卑き者は物を軽んじ、物を軽んずる者は助けを求めず。苟(いやしく)も助けを求めずんば、何ぞ能(よ)く挙(あ)がらん。氐羌(ていきょう)の虜(とりこ)たるや、其の係累(けいるい)せらるるを憂へずして、其の焚(や)かれざるを憂ふ。夫(か)の秋毫(しゅうごう)を利として、国家を害(そこな)ひ靡(ほろぼ)す、然も且(か)つ之を為す、幾(あ)に知計(ちけい)を為すと為さんや」と。
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史記 伯夷列伝子曰く、「道同じからざれば相ひ為に謀らず」と。亦た各々其の志に従ふなり。故に曰く、「富貴もし求む可くんば、執鞭の士と雖も、吾も亦た之を為さん。如し求む可からずんば、吾が好む所に従はん」と。「歳寒くして、然る後に松柏の凋むに後るるを知る」。世を挙げて混濁して、清士乃ち見はる。豈に其の重んずること彼の若く、其の軽んずること此くの若くなるを以てせんや。
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論語・里仁篇子曰わく、いやしくも仁に志せば、悪しきこと無し。
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孟子・盡心章句下孟子曰く、「名を好むの人は、能く千乘の國を讓る。苟くも其の人に非ざれば、簞食豆羹も色に見わる。」
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葉隠・聞書第一一度打向へば、最早(もはや)其の道に入りたるなり。名人も人なり、我も人なり、何しに劣るべきかと思ひて、一度志すところが即ち聖人なり。後(のち)に修行して聖人に成り給ふにはあらず。十有五にして学に志すとは、即ち聖人なり。初発心時(しょほっしんじ)辨成正覚(べんじょうしょうがく)ともこれあるなり。