学問のすゝめ / 十一編・名分をもって偽君子を生ずるの論・この病に罹る者を偽君子と名づく
右のごとく上下貴賤の名分を正し、ただその名のみを主張して専制の権を行なわんとするの原因よりして、その毒の吹き出すところは人間に流行する欺詐術策の容体なり。この病に罹る者を偽君子と名づく。譬えば封建の世に大名の家来は表向きみな忠臣のつもりにて、その形を見れば君臣上下の名分を正し、辞儀をするにも敷居一筋の内外を争い、亡君の逮夜には精進を守り、若殿の誕生には上下を着し、年頭の祝儀、菩提所の参詣、一人も欠席あることなし。その口吻にいわく、「貧は士の常、尽忠報国」またいわく、「その食を食む者はその事に死す」などと、たいそうらしく言い触らし、すはといわば今にも討死せん勢いにて、ひととおりの者はこれに欺かるべき有様なれども、竊に一方より窺えば、はたして例の偽君子なり。
新字:右のごとく上下貴賤の名分を正し、ただその名のみを主張して専制の権を行なわんとするの原因よりして、その毒の吹き出すところは人間に流行する欺詐術策の容体なり。この病に罹る者を偽君子と名づく。譬えば封建の世に大名の家来は表向きみな忠臣のつもりにて、その形を見れば君臣上下の名分を正し、辞儀をするにも敷居一筋の内外を争い、亡君の逮夜には精進を守り、若殿の誕生には上下を着し、年頭の祝儀、菩提所の参詣、一人も欠席あることなし。その口吻にいわく、「貧は士の常、尽忠報国」またいわく、「その食を食む者はその事に死す」などと、たいそうらしく言い触らし、すはといわば今にも討死せん勢いにて、ひととおりの者はこれに欺かるべき有様なれども、窃に一方より窺えば、はたして例の偽君子なり。
書き下し
右のごとく上下貴賤の名分を正し、ただその名のみを主張して専制の権を行なわんとするの原因よりして、その毒の吹き出すところは人間に流行する欺詐術策の容体なり。この病に罹る者を偽君子と名づく。譬えば封建の世に大名の家来は表向きみな忠臣のつもりにて、その形を見れば君臣上下の名分を正し、辞儀をするにも敷居一筋の内外を争い、亡君の逮夜には精進を守り、若殿の誕生には上下を着し、年頭の祝儀、菩提所の参詣、一人も欠席あることなし。その口吻にいわく、「貧は士の常、尽忠報国」またいわく、「その食を食む者はその事に死す」などと、たいそうらしく言い触らし、すはといわば今にも討死せん勢いにて、ひととおりの者はこれに欺かるべき有様なれども、竊に一方より窺えば、はたして例の偽君子なり。
現代語訳
右のように上下貴賤の名分を正し、ただその名ばかりを主張して専制の権を行おうとする原因から、その毒が吹き出すところが、世に流行する欺きとたくらみの症状です。この病にかかる者を偽君子と名づけます。たとえば封建の世に大名の家来は表向きみな忠臣のつもりで、その形を見れば君臣上下の名分を正し、お辞儀をするにも敷居一本の内と外を争い、亡君の命日の前夜には精進を守り、若殿の誕生には礼服を着し、年始の祝儀も菩提寺の参詣も一人の欠席もありません。その口ぶりには、貧は士の常、忠を尽くし国に報いる、とも言い、その食を食む者はその事に死す、などと大げさに言い触らし、いざとなれば今にも討死しそうな勢いで、通り一遍の者はこれに欺かれそうなありさまですが、ひそかに一方から窺えば、案の定の偽君子です。
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