師導古典を学びたいすべての人に

後世への最大遺物 / 改版に附する序・最初の出版者に献ず

私は今よりさらに三十年生きようとは思いません。しかし過去三十年間生き残ったこの書は今よりなお三十年あるいはそれ以上に生き残るであろうとみてもよろしかろうと思います。終りに臨んで私はこの小著述をその最初の出版者たる故中村弥左衛門君に献じます。君の霊の天にありて安からんことを祈ります。大正十四年(一九二五年)二月二十四日東京市外柏木において内村鑑三夏期演説 後世への最大遺物

書き下し

私は今よりさらに三十年生きようとは思いません。しかし過去三十年間生き残ったこの書は、今よりなお三十年、あるいはそれ以上に生き残るであろうと見てもよろしかろうと思います。終りに臨んで、私はこの小著述を、その最初の出版者たる故中村弥左衛門君に献じます。君の霊の天にありて安からんことを祈ります。大正十四年(一九二五年)二月二十四日、東京市外柏木において。内村鑑三。夏期演説 後世への最大遺物

現代語訳

私はこれから先さらに三十年生きようとは思いません。しかし、過去三十年を生き残ったこの本は、これからなお三十年、あるいはそれ以上生き残るだろうと見てよかろうと思います。終わりにあたって、私はこの小さな著作を、その最初の出版者である故・中村弥左衛門君に捧げます。君の霊が天にあって安らかであるように祈ります。大正十四年(一九二五年)二月二十四日、東京市外柏木にて。内村鑑三。夏期演説 後世への最大遺物

解説

著者の寿命と本の寿命を並べて置いた数行です。自分はもう三十年生きないが、この本は三十年以上生きるだろう、と冷静に見積もっている。人が遺すものは人より長く生きうるという、この本の主張そのものを、著者が自分の身で例示している格好です。そして最後に本を捧げる相手が、著者の家族でも師でもなく、これを最初に世に出した出版者であることに注意したい。遺物は一人で遺せるものではなく、世に出してくれた誰かがいて初めて残る、という認識がここに置かれています。

この章句が説くこと

寿命遺物献辞出版感謝

関連する章句

この一句を、あなたの毎日に。

古典の教えを、今の状況に当てはめて考えてみる——師導があなたの学びと選択を支えます。

師導で古典を学ぶ
いま登録すると、7日間すべての機能を無料でお試しいただけます。 無料ではじめる