後世への最大遺物 / 再版に附する序言・数千部を出すにいたれり
一篇のキリスト教的演説、別にこれを一書となすの必要なしと思いしも、前発行者の勧告により、印刷に附して世に公にせしに、すでに数千部を出すにいたれり、ここにおいて余はその多少世道人心を裨益することもあるを信じ、今また多くの訂正を加えて、再版に附することとはなしぬ、もしこの小冊子にしてなお新福音を宣伝するの機械となるを得ば余の幸福何ぞこれに如かん。明治三十二年十月三十日東京角筈村において内村鑑三
書き下し
一篇のキリスト教的演説、別にこれを一書となすの必要なしと思いしも、前発行者の勧告により、印刷に附して世に公にせしに、すでに数千部を出すにいたれり。ここにおいて余は、その多少世道人心を裨益することもあるを信じ、今また多くの訂正を加えて、再版に附することとはなしぬ。もしこの小冊子にして、なお新福音を宣伝するの機械となるを得ば、余の幸福、何ぞこれに如かん。明治三十二年十月三十日、東京角筈村において。内村鑑三
現代語訳
一篇のキリスト教の演説にすぎず、わざわざ一冊の本にする必要はないと思っていたのですが、前の発行者の勧めで印刷して世に出したところ、すでに数千部が出るにいたりました。そこで私は、この本が世の道と人の心にいくらか益することもあると信じ、今また多くの訂正を加えて、再版することにしました。もしこの小さな本が、なお新しい福音を伝える道具となりうるなら、私の幸福としてこれに勝るものがあるでしょうか。明治三十二年十月三十日、東京角筈村にて。内村鑑三
解説
再版の序で、著者の評価が動いた記録です。初版のはしがきでは本にする必要はないと思っていたと書き、ここでも同じ言葉を繰り返しますが、数千部という事実を前にして、世の道と人の心に益することもあると認めています。自分の仕事の値打ちを、自分の見積もりではなく読者の反応で測り直した形です。同時に多くの訂正を加えてとあり、売れたからそのまま増刷するのではなく、手を入れてから出しています。遺すに値するものへ育てていく態度が、二年の間に生まれています。
この章句が説くこと
再版評価読者訂正福音
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