古語拾遺 / 御歳神の教え
於是大地主神令片巫肱巫占求其由。御歲神爲祟。宜獻白豬白馬白鷄以解其怒。依敎奉謝。御歲神答曰。實吾意也。宜以麻柄作桛桛之。乃以其葉掃之。以天押草押之。以鳥扇扇之。若如此不出去者。宜以牛宍置溝口。作男莖形以加之。以薏子。蜀椒。吳桃葉及鹽。班置其畔。仍從其敎。苗葉復茂。年穀豐稔。是今神祇官以白豬白馬白鷄祭御歲神之緣也。
新字:於是大地主神令片巫肱巫占求其由。御歳神為祟。宜献白豬白馬白鶏以解其怒。依教奉謝。御歳神答曰。実吾意也。宜以麻柄作桛桛之。乃以其葉掃之。以天押草押之。以鳥扇扇之。若如此不出去者。宜以牛宍置溝口。作男茎形以加之。以薏子。蜀椒。呉桃葉及塩。班置其畔。仍従其教。苗葉復茂。年穀豊稔。是今神祇官以白豬白馬白鶏祭御歳神之縁也。
書き下し
是に於て大地主神、片巫・肱巫をして其の由を占い求めしむ。御歳神祟りを為す。宜しく白猪・白馬・白鶏を献りて以て其の怒りを解くべし、と。教えに依りて謝し奉る。御歳神答えて曰く、「実に吾が意なり。宜しく麻柄を以て桛を作りて之を桛い、乃ち其の葉を以て之を掃い、天押草を以て之を押し、鳥扇を以て之を扇ぐべし。若し此くの如くして出で去らずんば、宜しく牛の宍を以て溝口に置き、男茎の形を作りて以て之に加え、薏子・蜀椒・呉桃の葉及び塩を以て、其の畔に班ち置くべし」と。仍りて其の教えに従えば、苗の葉復た茂り、年穀豊かに稔る。是れ今、神祇官、白猪・白馬・白鶏を以て御歳神を祭るの縁なり。
現代語訳
そこで大地主神は、片巫(かたかんなぎ)と肱巫(ひじかんなぎ)に、その原因を占い求めさせた。すると、御歳神が祟っているのである、白い猪・白い馬・白い鶏を献じてその怒りを解くのがよい、と出た。その教えに従って謝罪した。御歳神は答えて言った。「たしかに私の仕業である。麻の茎で桛(かせ、糸を巻く道具)を作って田をかせ、その葉で掃い、天押草で押さえ、鳥扇で扇ぐがよい。もしこうしても蝗が出て行かなければ、牛の肉を溝の口に置き、男根の形を作ってこれに添え、薏苡(はとむぎ)の実・山椒・胡桃の葉と塩を、その畔に分けて置くがよい」と。そこでその教えに従うと、苗の葉は再び茂り、その年の穀物は豊かに実った。これが今、神祇官が白い猪・白い馬・白い鶏をもって御歳神を祭る由来である。
解説
関連する章句
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『古語拾遺』御歳神昔神代に在りて、大地主神、田を営むの日、牛の宍を以て田人に食わしむ。時に御歳神の子、其の田に至りて唾き饗して還り、状を以て父に告ぐ。御歳神怒りを発し、蝗を以て其の田に放つ。苗葉忽ち枯れ損じて篠竹に似たり。
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説苑・辨物哀公射て稷(しょく)に中(あ)つ。其の口疾(や)みて肉を食らわず。稷を祠りて善く卜する巫官に問う。巫官変じて曰わく、「稷五種を負い、株に託して天より下る。未だ地に至らずして株絶ゆ。獵谷(りょうこく)の老人衽(じん)を張りて以て之を受く。何ぞ之を告祀せざる。」公之に従いて、疾去る。
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貞観政要・務農貞観二年、京師旱にして、蝗虫大いに起こる。太宗、苑に入りて禾を視る。蝗虫を見て、数枚を掇(と)りて咒(の)りて曰く、「人は穀を以て命と為す。而るに汝之を食らう。是れ百姓に害あり。百姓に過ち有らば、予一人に在り。爾(なんじ)其れ霊有らば、但だ当に我が心を蝕むべし。百姓を害する無かれ」と。将に之を吞まんとす。左右遽かに諫めて曰く、「恐らくは疾を成さん。不可なり」と。太宗曰く、「冀(こいねが)う所は災を朕が躬に移すことなり。何の疾をか避けんや」と。遂に之を吞む。是より蝗は復た災を為さず。
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『都鄙問答』卷之三・性理問答ノ段虫一疋も殺し給はず。又万草の中に於て、五穀は勝れたることを知り給ひ、麦は夏出来るものなれば、何時蒔きうゑたるが実登りがよき、稲はいつごろ種おろすが善き、それより大豆小豆小角豆はいつが善きと、時候を考へ給ひ、五穀を植ゑ藝うることを教へ給ふ。其の外に草木の多き中に、食うて能く人を養ふ者を知らせ給ふ。且つ土を見分け、それはそこ、此はここと、田畠の植うる所を知り、教へ給ふによりて、人たる者、飢餓ることを免るるほどのことを、知る世となりぬらん。此れ皆大己貴命、少彦名命、唐土にては伏義、神農、黄帝、御仁徳の功なり。天は万物を生じ、生ずるもの自ら育る。日本紀に云ふ、保食神、乃ち首を廻らして国に嚮ひしかば、則ち口より飯出づ。又海に嚮ひしかば、則ち鰭の広もの鰭の狭もの亦口より出づ。
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説苑・辨物周の恵王十五年、神有りて莘(しん)に降る。王内史過に問いて曰わく、「是れ何の故ぞ之有るや。」対えて曰わく、「之有るは国将に興らんとするなり。其の君は斉明にして衷正、精潔にして恵和、其の徳は以て其の馨香を昭らかにするに足り、其の恵は以て其の民人を同じくするに足る。神饗けて民聴き、民神怨む無し。故に明神降りて、其の政徳を観て均しく福を布く。国将に亡びんとするや、其の君は貪冒淫僻、邪佚荒怠、蕪穢暴虐。其の政は腥臊(せいそう)にして、馨香登らず。其の刑は矯誣にして、百姓貳(たがい)を攜(たずさ)う。明神蠲(きよ)まらずして、民に遠意有り、民神痛怨し、依懐する所無し。故に神も亦た往きて、其の苛慝を観て之に禍を降す。是を以て或いは神を見て興り、亦た以て亡ぶる有り。昔夏の興るや、祝融崇山に降る。其の亡ぶるや、回禄亭隧に信(やど)る。商の興るや、檮杌丕山に次る。其の亡ぶるや、夷羊牧に在り。周の興るや、鸑鷟(がくさく)岐山に鳴く。其の衰うるや、杜伯宣王を鎬に射る。是れ皆明神の紀する者なり。」王曰わく、「今は是れ何の神ぞや。」対えて曰わく、「昔昭王房に娶りて房后と曰う。是れ爽徳有りて丹朱に協い、丹朱身に憑りて之に儀す、穆王を生めり。是れ周の子孫を監燭して之を福禍す。夫れ一神は遠く徙遷せず、若し是に由りて之を観れば、其れ丹朱か。」王曰わく、「其れ誰か之を受けん。」対えて曰わく、「虢に在り。」王曰わく、「然らば則ち何為せん。」対えて曰わく、「臣之を聞く。道ありて神を得る、是を豊福と謂う。淫にして神を得る、是を貪福と謂う。今虢少しく荒む、其れ亡びんとするなり。」王曰わく、「吾其れ奈何にせん。」対えて曰わく、「太宰をして祝史を以て狸姓を率い、犠牲・粢盛・玉帛を奉じて往きて献ぜしめよ、祈る有る無かれ。」王曰わく、「虢は其れ幾何ぞ。」対えて曰わく、「昔堯民に臨むに五を以てす、今其の胄見わる。鬼神の見わるるや、其の物を失わず。若し是に由りて之を観れば、五年を過ぎず。」王太宰己父をして傅氏及び祝を率い、犠牲・玉觴を奉じて往きて献ぜしむ。内史過従いて虢に至る。虢公も亦た祝史をして土を請わしむ。内史過帰りて王に告げて曰わく、「虢必ず亡びん。神に禋(いん)せずして福を求む、神必ず之に禍いす。民に親しまずして用を求む、民必ず之に違わん。精意以て享(まつ)るは禋なり。慈しみ庶民を保んずるは親なり。今虢公百姓を動匱(どうき)して以て盈たさんとす、其れ民を違離し神を怒らしめ、而して利を求む、亦た難しからざらんや。」十九年、晋虢を取る。
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『直毘霊』火の穢れを忌む然ある物なれば、悪しきわざする人も福え、善き事する人も、禍ることある、世の常なり、されば神は理の、当不をもて、思い量るべきものにあらず、唯その御怒りを畏みて、ひたぶるに斎き奉るべきなり、されば祭るにも、その心ばえ有りて、いかにも其の神の歓び坐すべきわざをなも為べき、そはまず万を斎み忌み清まわりて、穢れ悪しきをあらせず、堪えたる限り美し好き物多に献り、或いは琴弾き笛吹き歌い舞いなど、面白きわざをして祭る、これ皆神代の例にして古えの道なり、然るを唯心の至り至らぬをのみ言いて、献る物にも為すわざにも拘わらぬは、漢意の僻事なり、さて又神を祭るには、何わざよりも先ず火を重く忌み清むべきこと、神代の書の黄泉の段を見て知るべし、是は神事のみにもあらず、大方常にも慎むべく、必ず濫りにすまじきわざなり、もし火穢るるときは、禍津日神所を得て、荒び坐す故に、世の中に万の禍事は起こるぞかし、かかれば世のため民のためにも、なべて天下に、火の穢れは忌まほしきわざなり、今の代には唯神事の折、
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