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古語拾遺 / 後磐余稚桜朝

至於後磐餘稚櫻朝。

新字:至於後磐余稚桜朝。

書き下し

後の磐余稚桜朝に至りて。

現代語訳

履中天皇(後の磐余稚桜朝)の御代になって、

解説

履中天皇の代に入ることを告げる一句だけの章句である。神功皇后の宮も磐余稚桜宮と呼ばれたため、その後の同名の宮として「後の」を冠している。直前には応神天皇の代に王仁や弓月、阿知使主が多くの民を率いて渡来したことが記され、この一句の直後に、三韓からの貢ぎ物が代々絶えず、斎蔵の傍らに内蔵を建てて官物を分け、阿知使主と王仁に出納を記させた、と続く。日本書紀の履中天皇の条にも、この代に初めて蔵職を建て、蔵部を定めたとある。一句は短いが、会計の分離が始まる時代の目印として置かれている。どの時点で何が変わったかを代ごとに区切って記録する、この書の年代記としての骨組みが、こうした短い句に表れている。

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