古語拾遺 / 三蔵を検校す
因賜姓宇豆麻佐。自此而後。諸國貢調年年盈溢。更立大藏。令蘇我麻智宿禰檢校三藏。秦氏出納其物。東西文氏勘錄其簿。是以漢氏賜姓。爲内藏大藏。令秦漢二氏爲内藏大藏主鎰。藏部之緣也。
新字:因賜姓宇豆麻佐。自此而後。諸国貢調年年盈溢。更立大蔵。令蘇我麻智宿祢検校三蔵。秦氏出納其物。東西文氏勘録其簿。是以漢氏賜姓。為内蔵大蔵。令秦漢二氏為内蔵大蔵主鎰。蔵部之縁也。
書き下し
因りて姓を宇豆麻佐と賜う。此れより後、諸国の貢調、年々盈溢す。更に大蔵を立て、蘇我麻智宿禰をして三蔵を検校せしむ。秦氏、其の物を出納し、東西の文氏、其の簿を勘録す。是を以て漢氏、姓を賜い、内蔵・大蔵と為す。秦・漢二氏をして内蔵・大蔵の主鎰と為さしむ。蔵部の縁なり。
現代語訳
そこで秦酒公に宇豆麻佐の姓を賜った。これより後、諸国からの貢納は年々あふれるようになった。そこで新たに大蔵を建て、蘇我麻智宿禰に三つの蔵を検校させた。秦氏がその物の出納にあたり、東西の文氏がその帳簿を照合し記録した。こうして漢氏には姓が与えられ、内蔵・大蔵の名がついた。秦・漢の二氏を内蔵・大蔵の鍵の管理者とした。これが蔵部の由来である。
解説
斎蔵・内蔵・大蔵の三蔵が揃い、日本の会計制度の原型ができる段である。役割の分け方が明確で、いま読んでも筋が通っている。物を出し入れするのが秦氏、帳簿を照合して記録するのが東西の文氏、そして全体を検校するのが蘇我麻智宿禰。出納の実行者と、記帳する者と、監査する者が別人になっている。さらに鍵の管理者まで指名されている。財を扱う仕事を一人に集めない——内部統制の考え方が、六世紀の記録にすでに現れていることになる。古語拾遺が会計史の基本史料とされる理由である。
この章句が説くこと
三蔵検校出納と勘録内部統制の原型
関連する章句
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『古語拾遺』内蔵を建て出納を記す三韓の貢献、奕世絶ゆること無し。斎蔵の傍らに更に内蔵を建て、官物を分収す。仍りて阿知使主と百済の博士王仁とをして、其の出納を記さしむ。始めて更に蔵部を定む。
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