古語拾遺 / 中臣専権
至天平年中。勘造神帳。中臣專權任意取捨。有由者小祀皆列。无緣者大社猶廢。敷奏施行。當時獨步。諸社封稅總入一門。
新字:至天平年中。勘造神帳。中臣専権任意取捨。有由者小祀皆列。无縁者大社猶廃。敷奏施行。当時独歩。諸社封税総入一門。
書き下し
天平年中に至りて、神帳を勘造す。中臣専権にして、任意に取捨す。由有る者は小祀も皆な列し、縁無き者は大社も猶お廃す。敷奏施行、当時独歩なり。諸社の封税、総て一門に入る。
現代語訳
天平年間になって、神々の帳簿を作った。ところが中臣氏が権を専らにし、思うままに取捨した。縁故のあるものは小さな祠までことごとく載せ、縁のないものは大きな社であっても廃した。上奏も実施も、当時は中臣氏の独り舞台であった。諸社の封戸と税は、すべて一門に入った。
解説
制度を作る権限を一氏が独占したときに何が起きるかを、広成は具体で書いている。基準ではなく縁故で載せるものと落とすものが決まった。「由有る者は小祀も皆な列し、縁無き者は大社も猶お廃す」——実体の大小ではなく、つながりの有無で決まった。そして最後の一行が結果である。諸社の封戸と税が、すべて一門に入った。制度設計の権限と、その制度から利益を受ける立場が同じ手にあった。だから恣意が働き、しかもそれが正式な手続きを踏んで実施された。「敷奏施行、当時独歩なり」の一句は、不正ではなく合法的な独占への告発である。
この章句が説くこと
中臣専権任意に取捨す神帳封税一門に入る