古語拾遺 / 内蔵を建て出納を記す
三韓貢獻奕世無絕。齋藏之傍更建内藏。分收官物。仍令阿知使主與百濟博士王仁。記其出納。始更定藏部。
新字:三韓貢献奕世無絶。斎蔵之傍更建内蔵。分収官物。仍令阿知使主与百済博士王仁。記其出納。始更定蔵部。
書き下し
三韓の貢献、奕世絶ゆること無し。斎蔵の傍らに更に内蔵を建て、官物を分収す。仍りて阿知使主と百済の博士王仁とをして、其の出納を記さしむ。始めて更に蔵部を定む。
現代語訳
三韓からの貢納が代々絶えることなく続いた。そこで斎蔵の傍らに新たに内蔵を建て、公の物を分けて収めた。そして阿知使主と百済の博士である王仁とに、その出納を記録させた。ここで初めて蔵部という職を定めた。
解説
物が増えたので蔵を分けた、という即物的な理由から会計が始まっている。神の物と公の物が同じ蔵に入っていた斎蔵の段から、ここで内蔵が分かれる。そして重要なのは、蔵を分けただけで終わっていないことだ。出納を記録させる人を置き、蔵部という職を新設している。分ける、記す、担当を置く——この三点が揃って初めて制度になる。記録を任されたのが渡来系の阿知使主と王仁だったことも記されている。文字を扱える人材を外から迎え、会計の要に据えた。組織が大きくなるとき、記録の技術を持つ人をどこに置くかという問題が、すでにここにある。
この章句が説くこと
内蔵出納を記す蔵部王仁と阿知使主
関連する章句
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