古語拾遺 / 安房社と宮門の祭
阿波忌部所居便名安房郡。天富命卽於其地立太玉命社。今謂之安房社。故其神戸有齋部氏。又手置帆負命之孫造矛竿。其裔今分在讚岐國。每年調庸之外貢八百竿。是其事等證也。爰仰從皇天二組之詔建樹神籬。所謂高皇產靈。神皇產靈。魂留產靈。生產靈。足產靈。大宮賣神。事代主神。御膳神。櫛磐閒戸神。豐磐閒戸神。生島。坐摩。日臣命帥來目部衞護宮門。掌其開闔。饒速日命帥内物部。造備矛盾。其物既備。天富命率諸齋部捧持天璽鏡釼。奉安正殿。并懸瓊玉。陳其幣物。殿祭祝詞。次祭宮門。然後物部乃立矛盾。大伴來目建仗開門。令朝四方之國。以觀天位之貴。
新字:阿波忌部所居便名安房郡。天富命即於其地立太玉命社。今謂之安房社。故其神戸有斎部氏。又手置帆負命之孫造矛竿。其裔今分在讃岐国。毎年調庸之外貢八百竿。是其事等証也。爰仰従皇天二組之詔建樹神籬。所謂高皇産霊。神皇産霊。魂留産霊。生産霊。足産霊。大宮売神。事代主神。御膳神。櫛磐閒戸神。豊磐閒戸神。生島。坐摩。日臣命帥来目部衛護宮門。掌其開闔。饒速日命帥内物部。造備矛盾。其物既備。天富命率諸斎部捧持天璽鏡釼。奉安正殿。并懸瓊玉。陳其幣物。殿祭祝詞。次祭宮門。然後物部乃立矛盾。大伴来目建仗開門。令朝四方之国。以観天位之貴。
書き下し
阿波の忌部の居る所、便ち安房郡と名づく。天富命、即ち其の地に太玉命の社を立つ。今之を安房社と謂う。故に其の神戸に斎部氏有り。又手置帆負命の孫は矛竿を造る。其の裔、今分かれて讃岐国に在り。毎年、調庸の外に八百竿を貢ず。是れ其の事等の証なり。爰に皇天二祖の詔に仰ぎ従いて、神籬を建て樹つ。所謂る高皇産霊・神皇産霊・魂留産霊・生産霊・足産霊・大宮売神・事代主神・御膳神、櫛磐間戸神・豊磐間戸神、生島、坐摩なり。日臣命、来目部を帥いて宮門を衛護し、其の開闔を掌る。饒速日命、内物部を帥いて矛盾を造り備う。其の物既に備わりて、天富命、諸の斎部を率いて天璽の鏡・剣を捧げ持ち、正殿に安んじ奉り、并びに瓊玉を懸け、其の幣物を陳ねて、殿祭の祝詞す。次に宮門を祭る。然る後に物部乃ち矛盾を立て、大伴・来目、仗を建てて門を開き、四方の国を朝せしめて、以て天位の貴きを観しむ。
現代語訳
阿波の忌部が住んだ所を、そのまま安房郡と名づけた。天富命はその地に太玉命を祭る社を建てた。今これを安房社という。そのためその社の神戸(神社に属する民)には斎部氏がいる。また手置帆負命の孫は矛の柄を造った。その子孫は今、分かれて讃岐国にいる。毎年、調と庸のほかに八百本の竿を貢いでいる。これらがそのことの証拠である。ここに天の二祖神の詔に従って神籬を立てた。すなわち高皇産霊・神皇産霊・魂留産霊・生産霊・足産霊・大宮売神・事代主神・御膳神、櫛磐間戸神・豊磐間戸神、生島、坐摩の神々である。日臣命(道臣命、大伴氏の祖)は来目部を率いて宮門を守り、その開け閉めをつかさどった。饒速日命(物部氏の祖)は内物部を率いて矛と盾を造り備えた。品々が整うと、天富命は斎部の人々を率いて天璽の鏡と剣を捧げ持ち、正殿に安置し、あわせて玉を懸け、幣を並べて、御殿を祭る祝詞を奏した。次に宮門を祭った。その後、物部が矛と盾を立て、大伴と来目が武器を立てて門を開き、四方の国々を朝廷に参らせて、天子の位の尊さを仰ぎ見させた。
解説
関連する章句
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『古語拾遺』天津神籬と斎庭の穂仍りて天児屋命・太玉命・天鈿女命を以て配侍せしむ。因りて又勅して曰く、「吾は則ち天津神籬及び天津磐境を起こし樹てて、当に吾が孫の為に斎い奉るべし。汝天児屋命・太玉命の二神は、宜しく天津神籬を持ちて葦原中国に降り、亦吾が孫の為に斎い奉るべし。惟れ爾二神、共に殿の内に侍いて、能く防護を為せ。宜しく吾が高天原に御す所の斎庭の穂を以て、亦当に吾が児に御せしむべし。宜しく太玉命、諸部の神を率いて、其の職に供奉すること天上の儀の如くすべし」と。仍りて諸神をして亦与に陪従せしむ。復た大物主神に勅すらく、「宜しく八十万神を領いて、永く皇孫の為に護り奉るべし」と。仍りて大伴の遠祖天忍日命をして、来目部の遠祖天槵津大来目を帥いて、仗を帯びて前駈せしむ。既にして且に降らんとする間に、先駆還りて白す。
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『古語拾遺』鳥見山の霊畤又天富命をして供作の諸氏を率いて、大幣を造作せしむること訖りて、天種子命をして天罪・国罪の事を解除せしむ。所謂る天罪は、上に既に説き訖る。国罪は、国中の人民の犯す所の罪なり。其の事、具さに中臣の祓詞に在り。爾に乃ち霊畤を鳥見山の中に立て、天富命幣を陳ね、祝詞して皇天を禋祀し、徧く群望を秩して、以て神祇の恩に答う。是を以て中臣・斎部の二氏、倶に祠祀の職を掌り、猨女君氏は神楽の事に供す。自余の諸氏も各々其の職有り。
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『古語拾遺』斎斧斎鉏仍りて天富命をして手置帆負・彦狭知二神の孫を率い、斎斧・斎鉏を以て始めて山材を採り、正殿を構え立てしむ。所謂る底つ磐根に宮柱立て、高天の原に搏風高知りて。
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『古語拾遺』所遺三〜九天照大神は本帝と殿を同じくす。故に供奉の儀、君と神と一体なり。始め天上より、中臣・斎部の二氏、相副いて日神に祷り奉り、猨女の祖も亦神の怒りを解く。然らば則ち三氏の職は相離るべからず。而るに今、伊勢の宮司は独り中臣氏に任じて、二氏を預からしめず。遺す所の三なり。凡そ神殿を造り奉るは、皆須らく神代の職に依るべし。斎部の官、御木・麁香の二郷の斎部を率いて、伐るに斎斧を以てし、掘るに斎鉏を以てす。然る後に工夫手を下し、造り畢るの後、斎部、殿祭及び門祭訖りて、乃ち御座すべし。而るに伊勢の宮及び大嘗の由紀・主基の宮を造るに、皆斎部を預からしめず。遺す所の四なり。又殿祭・門祭は、元太玉命供奉の儀にして、斎部氏の職とする所なり。然りと雖も中臣・斎部は共に神祇官に任じ、相副いて供奉す。故に宮内省の奏詞に、「将に御殿祭を供奉せんとして、中臣・斎部御門に候う」と偁す。宝亀年中に至りて、初めて宮内少輔従五位下中臣朝臣常、恣に奏詞を改めて曰く、「中臣、斎部を率いて御門に候う」と。彼の省因循して永く後例と為し、今に未だ改めず。遺す所の五なり。又神代より肇めて、中臣・斎部、神事に供奉すること、差降有ること無し。中間以来、権一氏に移る。斎宮寮の主神司の中臣・斎部は、元同じく七位の官なり。而るに延暦の初め、朝原内親王斎に奉るの日、殊に斎部を降して八位の官と為し、今に未だ復せず。遺す所の六なり。凡そ諸神に幣を奉るは、中臣・斎部共に其の事に預かる。而るに今、大宰の主神司は独り中臣に任じて、斎部を預からしめず。遺す所の七なり。諸国の大社も亦中臣に任じて、斎部を預からしめず。遺す所の八なり。凡そ鎮魂の儀は、天鈿女命の遺跡なり。然らば則ち御巫の職は旧氏に任ずべし。而るに今選ぶ所は他氏を論ぜず。遺す所の九なり。
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