古語拾遺 / 真賢木と俳優
其物既備。掘天香山之五百筒眞賢木。而上枝懸玉。中枝懸鏡。下枝懸靑和幣白和幣。令太玉命捧持稱讚。亦令天兒屋命相副祈祷。又令天鈿女命以眞辟葛爲鬘。以蘿葛爲手繦。以竹葉飫憩木葉爲手草。手持着鐸之矛。而於石窟戸前覆誓槽。舉庭燎。巧作俳優。相與歌舞。
新字:其物既備。掘天香山之五百筒真賢木。而上枝懸玉。中枝懸鏡。下枝懸青和幣白和幣。令太玉命捧持称讃。亦令天児屋命相副祈祷。又令天鈿女命以真辟葛為鬘。以蘿葛為手繦。以竹葉飫憩木葉為手草。手持着鐸之矛。而於石窟戸前覆誓槽。舉庭燎。巧作俳優。相与歌舞。
書き下し
其の物既に備わりて、天香山の五百箇の真賢木を掘り、上枝には玉を懸け、中枝には鏡を懸け、下枝には青和幣・白和幣を懸く。太玉命をして捧げ持ちて称讃せしめ、亦天児屋命をして相副えて祈祷せしむ。又天鈿女命をして真辟葛を以て鬘と為し、蘿葛を以て手繦と為し、竹葉・飫憩木の葉を以て手草と為し、手に鐸を着けたる矛を持たしめて、石窟戸の前に誓槽を覆せ、庭燎を挙げ、巧みに俳優を作し、相与に歌舞せしむ。
現代語訳
必要な品がすべて整うと、天香山の枝葉の茂った榊(真賢木)を根ごと掘り取り、上の枝には玉を懸け、中の枝には鏡を懸け、下の枝には青い幣と白い幣を懸けた。太玉命にこれを捧げ持たせて称え言をさせ、また天児屋命(あめのこやねのみこと、中臣氏の祖)を添えて祈らせた。さらに天鈿女命(あめのうずめのみこと、猨女君の祖)に、真辟葛(まさきのかずら)を髪飾りとし、日陰蔓を襷とし、竹の葉と飫憩(おけ)の木の葉を手に持つ草とさせ、鐸をつけた矛を手に持たせて、岩屋の戸の前に槽を伏せ、かがり火を焚き、巧みに滑稽な所作を演じさせ、皆で共に歌い舞わせた。
解説
関連する章句
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『古語拾遺』天津神籬と斎庭の穂仍りて天児屋命・太玉命・天鈿女命を以て配侍せしむ。因りて又勅して曰く、「吾は則ち天津神籬及び天津磐境を起こし樹てて、当に吾が孫の為に斎い奉るべし。汝天児屋命・太玉命の二神は、宜しく天津神籬を持ちて葦原中国に降り、亦吾が孫の為に斎い奉るべし。惟れ爾二神、共に殿の内に侍いて、能く防護を為せ。宜しく吾が高天原に御す所の斎庭の穂を以て、亦当に吾が児に御せしむべし。宜しく太玉命、諸部の神を率いて、其の職に供奉すること天上の儀の如くすべし」と。仍りて諸神をして亦与に陪従せしむ。復た大物主神に勅すらく、「宜しく八十万神を領いて、永く皇孫の為に護り奉るべし」と。仍りて大伴の遠祖天忍日命をして、来目部の遠祖天槵津大来目を帥いて、仗を帯びて前駈せしむ。既にして且に降らんとする間に、先駆還りて白す。
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『古語拾遺』鳥見山の霊畤又天富命をして供作の諸氏を率いて、大幣を造作せしむること訖りて、天種子命をして天罪・国罪の事を解除せしむ。所謂る天罪は、上に既に説き訖る。国罪は、国中の人民の犯す所の罪なり。其の事、具さに中臣の祓詞に在り。爾に乃ち霊畤を鳥見山の中に立て、天富命幣を陳ね、祝詞して皇天を禋祀し、徧く群望を秩して、以て神祇の恩に答う。是を以て中臣・斎部の二氏、倶に祠祀の職を掌り、猨女君氏は神楽の事に供す。自余の諸氏も各々其の職有り。
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『古語拾遺』安房社と宮門の祭阿波の忌部の居る所、便ち安房郡と名づく。天富命、即ち其の地に太玉命の社を立つ。今之を安房社と謂う。故に其の神戸に斎部氏有り。又手置帆負命の孫は矛竿を造る。其の裔、今分かれて讃岐国に在り。毎年、調庸の外に八百竿を貢ず。是れ其の事等の証なり。爰に皇天二祖の詔に仰ぎ従いて、神籬を建て樹つ。所謂る高皇産霊・神皇産霊・魂留産霊・生産霊・足産霊・大宮売神・事代主神・御膳神、櫛磐間戸神・豊磐間戸神、生島、坐摩なり。日臣命、来目部を帥いて宮門を衛護し、其の開闔を掌る。饒速日命、内物部を帥いて矛盾を造り備う。其の物既に備わりて、天富命、諸の斎部を率いて天璽の鏡・剣を捧げ持ち、正殿に安んじ奉り、并びに瓊玉を懸け、其の幣物を陳ねて、殿祭の祝詞す。次に宮門を祭る。然る後に物部乃ち矛盾を立て、大伴・来目、仗を建てて門を開き、四方の国を朝せしめて、以て天位の貴きを観しむ。
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『古語拾遺』所遺三〜九天照大神は本帝と殿を同じくす。故に供奉の儀、君と神と一体なり。始め天上より、中臣・斎部の二氏、相副いて日神に祷り奉り、猨女の祖も亦神の怒りを解く。然らば則ち三氏の職は相離るべからず。而るに今、伊勢の宮司は独り中臣氏に任じて、二氏を預からしめず。遺す所の三なり。凡そ神殿を造り奉るは、皆須らく神代の職に依るべし。斎部の官、御木・麁香の二郷の斎部を率いて、伐るに斎斧を以てし、掘るに斎鉏を以てす。然る後に工夫手を下し、造り畢るの後、斎部、殿祭及び門祭訖りて、乃ち御座すべし。而るに伊勢の宮及び大嘗の由紀・主基の宮を造るに、皆斎部を預からしめず。遺す所の四なり。又殿祭・門祭は、元太玉命供奉の儀にして、斎部氏の職とする所なり。然りと雖も中臣・斎部は共に神祇官に任じ、相副いて供奉す。故に宮内省の奏詞に、「将に御殿祭を供奉せんとして、中臣・斎部御門に候う」と偁す。宝亀年中に至りて、初めて宮内少輔従五位下中臣朝臣常、恣に奏詞を改めて曰く、「中臣、斎部を率いて御門に候う」と。彼の省因循して永く後例と為し、今に未だ改めず。遺す所の五なり。又神代より肇めて、中臣・斎部、神事に供奉すること、差降有ること無し。中間以来、権一氏に移る。斎宮寮の主神司の中臣・斎部は、元同じく七位の官なり。而るに延暦の初め、朝原内親王斎に奉るの日、殊に斎部を降して八位の官と為し、今に未だ復せず。遺す所の六なり。凡そ諸神に幣を奉るは、中臣・斎部共に其の事に預かる。而るに今、大宰の主神司は独り中臣に任じて、斎部を預からしめず。遺す所の七なり。諸国の大社も亦中臣に任じて、斎部を預からしめず。遺す所の八なり。凡そ鎮魂の儀は、天鈿女命の遺跡なり。然らば則ち御巫の職は旧氏に任ずべし。而るに今選ぶ所は他氏を論ぜず。遺す所の九なり。
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