古語拾遺 / 斎斧斎鉏
仍令天富命率手置帆負彥狹知二神之孫。以齋斧齋鉏始採山材。構立正殿。所謂底都磐根宮柱立。高天乃原爾摶風高御戸排弖。
新字:仍令天富命率手置帆負彥狭知二神之孫。以斎斧斎鉏始採山材。構立正殿。所謂底都磐根宮柱立。高天乃原爾摶風高御戸排弖。
書き下し
仍りて天富命をして手置帆負・彦狭知二神の孫を率い、斎斧・斎鉏を以て始めて山材を採り、正殿を構え立てしむ。所謂る底つ磐根に宮柱立て、高天の原に搏風高知りて。
現代語訳
そこで天富命に、手置帆負・彦狭知の二神の子孫を率いさせ、斎み清めた斧と鋤で初めて山の材木を採り、正殿を建てさせた。いわゆる、地の底の岩根に宮柱を立て、高天原に千木を高くそびえさせて、というあれである。
解説
新しい都に御殿を建てるのに、天石窟のときと同じ氏族の子孫が呼ばれている。手置帆負と彦狭知は、あのとき瑞殿を造った二神である。危機のときに働いた者の子孫が、建国のときにも同じ職掌で働く。職能が家として継承される社会の形が、そのまま記録されている。使う道具が「斎斧・斎鉏」と呼ばれるのも興味深い。普通の斧ではなく、斎み清めた斧で伐る。同じ作業でも、手続きを整えてから始めることで別のものになるという考え方である。この一節は大祓詞と同じ宣命体で書かれており、祝詞の文句がそのまま引かれている。
この章句が説くこと
斎斧斎鉏天富命宮柱立て職能の継承