古語拾遺 / 御木と麁香
皇孫命乃美豆乃御殿乎造奉仕也。故其裔今在紀伊國名草郡御木麁香二鄕。採材齋部所居謂之御木。造殿齋部所居謂之麁香。是其證也。又令天富命率齋部諸氏。作種種神寶鏡玉矛盾木綿麻等。櫛明玉命之孫造御祈玉。其裔今在出雲國。每年與調物貢進其玉。天日鷲命之孫造木綿及麻并織布。
新字:皇孫命乃美豆乃御殿乎造奉仕也。故其裔今在紀伊国名草郡御木麁香二郷。採材斎部所居謂之御木。造殿斎部所居謂之麁香。是其証也。又令天富命率斎部諸氏。作種種神宝鏡玉矛盾木綿麻等。櫛明玉命之孫造御祈玉。其裔今在出雲国。毎年与調物貢進其玉。天日鷲命之孫造木綿及麻并織布。
書き下し
皇孫命の美豆の御殿を造り奉り仕えまつるなり。故に其の裔、今紀伊国名草郡の御木・麁香の二郷に在り。材を採る斎部の居る所、之を御木と謂い、殿を造る斎部の居る所、之を麁香と謂う。是れ其の証なり。又天富命をして斎部の諸氏を率いて、種々の神宝、鏡・玉・矛・盾・木綿・麻等を作らしむ。櫛明玉命の孫は御祈玉を造る。其の裔、今出雲国に在り。毎年、調物と与に其の玉を貢進す。天日鷲命の孫は木綿及び麻并びに織布を造る。
現代語訳
皇孫命の瑞々しい御殿をお造り申し上げ、お仕えしたのである。そのためその子孫は今も紀伊国名草郡の御木・麁香の二つの郷にいる。材木を採る斎部の住む所を御木といい、御殿を造る斎部の住む所を麁香という。これがその証拠である。また天富命(あめのとみのみこと、太玉命の孫)に斎部の諸氏を率いさせて、さまざまな神宝、すなわち鏡・玉・矛・盾・木綿・麻などを作らせた。櫛明玉命の孫は御祈玉(みほきたま)を造った。その子孫は今も出雲国にいて、毎年、調の品とともにその玉を貢いでいる。天日鷲命の孫は木綿と麻、ならびに織物を造った。
解説
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