古語拾遺 / 阿那於茂志呂
則天兒屋命。太玉命以日御綱。迴懸其殿。令大宮賣神侍於御前。豐磐閒戸命。櫛磐閒戸命二神。守衞殿門。當此之時。上天初晴。衆倶相見。面皆明白。伸手歌舞。相與稱曰。阿波禮阿那於茂志呂。阿那多能志。阿那佐夜憩。飫憩
新字:則天児屋命。太玉命以日御綱。迴懸其殿。令大宮売神侍於御前。豊磐閒戸命。櫛磐閒戸命二神。守衛殿門。当此之時。上天初晴。衆倶相見。面皆明白。伸手歌舞。相与称曰。阿波礼阿那於茂志呂。阿那多能志。阿那佐夜憩。飫憩
書き下し
則ち天児屋命・太玉命、日御綱を以て其の殿に迴らし懸け、大宮売神をして御前に侍らしめ、豊磐間戸命・櫛磐間戸命の二神をして殿門を守衛せしむ。此の時に当たりて、上天初めて晴れ、衆倶に相見て、面皆明白なり。手を伸べて歌舞し、相与に称えて曰く、「阿波礼(あはれ)、阿那於茂志呂(あなおもしろ)、阿那多能志(あなたのし)、阿那佐夜憩(あなさやけ)、飫憩(おけ)」と。
現代語訳
そこで天児屋命と太玉命は、日の御綱(しめ縄)をその御殿に張りめぐらし、大宮売神(おおみやのめのかみ、宮中に仕える女神)を御前に侍らせ、豊磐間戸命・櫛磐間戸命の二神に御殿の門を守らせた。このとき天がはじめて晴れ、皆が互いの顔を見ると、顔がみな明るく白く照らされていた。手を伸ばして歌い舞い、皆で唱えて言った。「ああ(あはれ)、なんと面白い(あなおもしろ)、なんと楽しい(あなたのし)、なんとすがすがしい(あなさやけ)、おけ(おけ)」と。
解説
天照大神が新殿に遷ったあとの処置と、神々の歓声が書かれている。まず御殿に日の御綱を張りめぐらし、大宮売神を側に仕えさせ、二柱の門の神に守らせる。戻ってきた中心を、再び閉じこもらせないための備えである。後段の橿原の宮の祭りでも、大宮売神と二柱の門の神が神籬に祭られ、宮中の祭りの原型がここに置かれている。そして歓声の「あなおもしろ」。この書の割注は、日が差して皆の顔が白く照らされたことから「面白し」の語が生まれたと説く。語源としての当否は別として、光が戻って互いの顔が見えるようになった喜びを、そのまま言葉にしたという理解である。危機を越えたら、まず再発を防ぐ手を打ち、それから皆で喜びを分かち合う。この順序も見ておきたい。
関連する章句
-
『古語拾遺』聊か戸を開きて窺う時に天照大神、中心に独り謂わく、比ごろ吾幽居して天下悉く闇し。群神何に由りてか此くの如く歌い楽しむ、と。聊か戸を開きて之を窺う。爰に天手力雄神をして其の扉を引き啓かしめ、新殿に遷座したまう。
-
『古語拾遺』太玉命の称詞爾に乃ち太玉命、広く厚き称詞を以て啓して曰く、「吾が捧ぐる所の宝鏡は、明麗にして恰も汝が命の如し。乞う、戸を開きて御覧ぜよ」と。仍りて太玉命・天児屋命、共に其の祈祷を致す。
-
『古語拾遺』天津神籬と斎庭の穂仍りて天児屋命・太玉命・天鈿女命を以て配侍せしむ。因りて又勅して曰く、「吾は則ち天津神籬及び天津磐境を起こし樹てて、当に吾が孫の為に斎い奉るべし。汝天児屋命・太玉命の二神は、宜しく天津神籬を持ちて葦原中国に降り、亦吾が孫の為に斎い奉るべし。惟れ爾二神、共に殿の内に侍いて、能く防護を為せ。宜しく吾が高天原に御す所の斎庭の穂を以て、亦当に吾が児に御せしむべし。宜しく太玉命、諸部の神を率いて、其の職に供奉すること天上の儀の如くすべし」と。仍りて諸神をして亦与に陪従せしむ。復た大物主神に勅すらく、「宜しく八十万神を領いて、永く皇孫の為に護り奉るべし」と。仍りて大伴の遠祖天忍日命をして、来目部の遠祖天槵津大来目を帥いて、仗を帯びて前駈せしむ。既にして且に降らんとする間に、先駆還りて白す。
-
『古語拾遺』天石窟時に天照大神赫怒して天の石窟に入り、磐戸を閉じて幽居したまう。爾に乃ち六合常闇にして昼夜分かたず。群神愁い迷いて手足措く罔し。凡そ厥の庶事、燎燭して弁ず。高皇産霊神、八十万の神を天の八湍河原に会し、謝り奉らんの方を議る。
-
『古語拾遺』安房社と宮門の祭阿波の忌部の居る所、便ち安房郡と名づく。天富命、即ち其の地に太玉命の社を立つ。今之を安房社と謂う。故に其の神戸に斎部氏有り。又手置帆負命の孫は矛竿を造る。其の裔、今分かれて讃岐国に在り。毎年、調庸の外に八百竿を貢ず。是れ其の事等の証なり。爰に皇天二祖の詔に仰ぎ従いて、神籬を建て樹つ。所謂る高皇産霊・神皇産霊・魂留産霊・生産霊・足産霊・大宮売神・事代主神・御膳神、櫛磐間戸神・豊磐間戸神、生島、坐摩なり。日臣命、来目部を帥いて宮門を衛護し、其の開闔を掌る。饒速日命、内物部を帥いて矛盾を造り備う。其の物既に備わりて、天富命、諸の斎部を率いて天璽の鏡・剣を捧げ持ち、正殿に安んじ奉り、并びに瓊玉を懸け、其の幣物を陳ねて、殿祭の祝詞す。次に宮門を祭る。然る後に物部乃ち矛盾を立て、大伴・来目、仗を建てて門を開き、四方の国を朝せしめて、以て天位の貴きを観しむ。
-
『古語拾遺』笠縫邑と五十鈴川仍りて倭の笠縫邑に就きて、殊に磯城の神籬を立て、天照大神及び草薙剣を遷し奉り、皇女豊鍬入姫命をして斎い奉らしむ。其の遷し祭る夕、宮人皆参りて、終夜宴楽す。歌いて曰く、「美夜比登能(みやひとの)、於保与須我良爾(おほよすがらに)、伊佐登保志(いさとほし)、由伎能与呂志茂(ゆきのよろしも)、於保与須我良爾(おほよすがらに)」と。又六年、八十万の群神を祭り、仍りて天社・国社及び神地・神戸を定む。始めて男の弭の調、女の手末の調を貢らしむ。今、神祇の祭に熊の皮・鹿の皮・角・布等を用うるは、此の縁なり。巻向玉城朝に洎びて、皇女倭姫命をして天照大神を斎い奉らしむ。仍りて神の教えに随いて、其の祠を伊勢国の五十鈴の川上に立て、因りて斎宮を興して倭姫命をして居らしむ。始め天上に在りて、預め幽契を結ぶ。衢神先に降る、深く以有るかな。此の御世、始めて弓矢・刀を以て神祇を祭り、更に神地・神戸を定む。又新羅の王子海檜槍来帰す。今但馬国出石郡に在りて大社と為るなり。纏向日代朝に至りて、
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る