古語拾遺 / 聊か戸を開きて窺う
于時天照大神中心獨謂。比吾幽居。天下悉闇。羣神何由如此之歌樂。聊開戸而窺之。爰令天手力雄神引啓其扉。遷座新殿。
新字:于時天照大神中心独謂。比吾幽居。天下悉闇。羣神何由如此之歌楽。聊開戸而窺之。爰令天手力雄神引啓其扉。遷座新殿。
書き下し
時に天照大神、中心に独り謂わく、比ごろ吾幽居して天下悉く闇し。群神何に由りてか此くの如く歌い楽しむ、と。聊か戸を開きて之を窺う。爰に天手力雄神をして其の扉を引き啓かしめ、新殿に遷座したまう。
現代語訳
そのとき天照大神は心の中で独りこう思われた。このごろ自分が隠れて天下はことごとく暗いのに、神々はどうしてあのように歌い楽しんでいるのか、と。そこで少しだけ戸を開けて外を窺われた。すかさず天手力雄神にその扉を引き開けさせ、新しい御殿へお遷しした。
解説
閉じこもった側を動かしたのは、説得ではなく外の楽しげな音だった。天照大神が戸を開けたのは、詫びを聞いたからでも、道理を説かれたからでもない。自分がいなくて暗いはずなのに、なぜ皆あんなに楽しそうなのか——その疑問である。これは人の心の動き方をよく捉えている。籠もっている者に正論を届けるのは難しいが、外が動いていることは伝わる。神々がしたのは、物を作り、飾り、歌い舞うことだった。そして戸が少し開いた瞬間に、手力雄神が引き開ける。待つ側にも役割分担があり、開いた一瞬を逃さない者が配置されている。
この章句が説くこと
聊か戸を開きて窺う天手力雄神歌い楽しむ新殿に遷座