管子 / 輕重己
以夏日至始,數九十二日,謂之秋至,秋至而禾熟。天子祀於太惢,西出其國百三十八里而壇,服白而絻白,搢玉總帶錫監,吹塤箎之風鑿,動金石之音,朝諸侯卿大夫列士,循於百姓,號曰祭月,犧牲以彘。發號出令,罰而勿賞,奪而勿予。罪獄誅而勿生。終嵗之罪,毋有所赦。作衍牛馬之實,在野者王。天子之秋計也。
新字:以夏日至始,数九十二日,謂之秋至,秋至而禾熟。天子祀於太惢,西出其国百三十八里而壇,服白而絻白,搢玉総帯錫監,吹塤箎之風鑿,動金石之音,朝諸侯卿大夫列士,循於百姓,号曰祭月,犠牲以彘。発号出令,罰而勿賞,奪而勿予。罪獄誅而勿生。終歳之罪,毋有所赦。作衍牛馬之実,在野者王。天子之秋計也。
書き下し
夏の日至を以て始め、九十二日を數うる、之を秋至と謂い、秋至りて禾熟す。天子太惢に祀り、西のかた其の國を出づること百三十八里にして壇し、白を服して白を絻り、玉總を搢み錫監を帶び、塤箎の風鑿を吹き、金石の音を動かし、諸侯卿大夫列士に朝し、百姓に循い、號して祭月と曰い、犧牲は彘を以てす。號を發し令を出だし、罰して賞する勿かれ、奪いて予うる勿かれ。罪獄は誅して生かす勿かれ。歳を終うるの罪は、赦す所有る毋かれ。衍を作し牛馬の實、野に在る者は王とす。天子の秋計なり。
現代語訳
夏至から数えて九十二日、これを秋至といい、秋になって稲が熟す。天子は太惢を祭り、西へ国を出ること百三十八里で壇を築き、白い衣を着て白い冠をかぶり、玉の飾りを帯び、塤や笛を吹き、鐘や磬の音を鳴らし、諸侯や卿大夫や列士に会い、民を見て回り、これを月の祭りと呼び、供え物は豚とする。令を出して、罰して賞するな、奪って与えるな、と告げる。罪の裁きは誅して生かすな。一年分の罪は、赦すところがあってはならない。沢地を開き、牛馬の実り、野にあるものは王のものとする。これが天子の秋の勘定である。
解説
秋の令です。白い衣に白い冠、笛と鐘の音を鳴らして月を祭る。中身は春とちょうど反対で、罰して賞さず、奪って与えず、罪は赦さない。一年分の罪をここで清算する季節でした。実りを収める季節が、そのまま裁きの季節になっている。春の令とあわせて読むと、一年の輪郭が締まって見えます。
この章句が説くこと
秋至りて禾熟す号を発し令を出だし罰して賞する勿かれ奪いて予うる勿かれ歳を終うるの罪は赦す所有る毋かれ天子の秋計なり秋清算
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