管子 / 輕重丁
桓公問管子曰:「請問王數之守終始,可得聞乎?」管子曰:「正月之朝,榖始也。日至百日,黍秫之始也。九月斂實,平麥之始也。」
新字:桓公問管子曰:「請問王数之守終始,可得聞乎?」管子曰:「正月之朝,榖始也。日至百日,黍秫之始也。九月斂実,平麦之始也。」
書き下し
桓公管子に問いて曰く、「請う王數の終始を守るを問う、得て聞くべきか」と。管子曰く、「正月の朝は、榖の始めなり。日至より百日は、黍秫の始めなり。九月に實を斂むるは、平麥の始めなり」と。
現代語訳
桓公が管子に問うた。王の数え方の終わりと始まりを押さえることについて聞かせてもらえるか。管子が言った。正月の朝は、穀物の始まりです。冬至から百日目は、黍と粟の始まりです。九月に実を取り入れるのは、麦の始まりです。
解説
ごく短い一段です。正月は穀物の始まり、冬至から百日は黍と粟の始まり、九月の取り入れは麦の始まり。どれも終わりではなく始まりと呼んでいるところが目を引きます。取り入れは次の作付けの出発点だ、という見方。王の数え方の終わりと始まりを押さえる、という問いへの答えでした。
この章句が説くこと
請う王数の終始を守るを問う正月の朝は榖の始めなり日至より百日は黍秫の始めなり九月に実を斂むるは平麦の始めなり暦始まり
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