管子 / 輕重戊
桓公曰:「諾。」即令中大夫王師北將人徒載金錢之代谷之上,求狐白之皮。代王聞之,即告其相曰:「代之所以弱於離枝者,以無金錢也。今齊乃以金錢求狐白之皮,是代之福也。子急令民求狐白之皮,以致齊之幣,寡人將以來離枝之民。」代人果去其本,處山林之中,求狐白之皮。二十四月而不得一。離枝聞之,則侵其北。代王聞之,大恐,則將其士卒葆於代谷之上。離枝遂侵其北,王即將其士卒,願以下齊。齊未亡一錢幣,修使三年而代服。
新字:桓公曰:「諾。」即令中大夫王師北将人徒載金銭之代谷之上,求狐白之皮。代王聞之,即告其相曰:「代之所以弱於離枝者,以無金銭也。今斉乃以金銭求狐白之皮,是代之福也。子急令民求狐白之皮,以致斉之幣,寡人将以来離枝之民。」代人果去其本,処山林之中,求狐白之皮。二十四月而不得一。離枝聞之,則侵其北。代王聞之,大恐,則将其士卒葆於代谷之上。離枝遂侵其北,王即将其士卒,願以下斉。斉未亡一銭幣,修使三年而代服。
書き下し
桓公曰く、「諾」と。即ち中大夫王師北をして人徒を將いて金錢を載せ代谷の上に之き、狐白の皮を求めしむ。代王之を聞き、即ち其の相に告げて曰く、「代の離枝より弱き所以の者は、金錢無きを以てなり。今齊乃ち金錢を以て狐白の皮を求む、是れ代の福なり。子急ぎ民に令して狐白の皮を求め、以て齊の幣を致さしめよ、寡人將に以て離枝の民を來たさんとす」と。代人果たして其の本を去り、山林の中に處り、狐白の皮を求む。二十四月にして一を得ず。離枝之を聞き、則ち其の北を侵す。代王之を聞き、大いに恐れ、則ち其の士卒を將いて代谷の上に葆る。離枝遂に其の北を侵し、王即ち其の士卒を將いて、願わくは以て齊に下らんとす。齊未だ一錢幣をも亡わずして、使を修むること三年にして代服す。
現代語訳
桓公は、よし、と言った。すぐに中大夫の王師北に人夫を率いさせ、金と銭を積んで代の谷へ行かせ、白い狐の皮を求めさせた。代の王はこれを聞いて、すぐ宰相に告げた。代が離枝より弱いのは、金や銭がないからだ。いま斉が金と銭で白い狐の皮を求めている。これは代の福である。急いで民に令を出して白い狐の皮を求めさせ、斉の銭を招き入れよ。私はそれで離枝の民を呼び寄せよう、と。代の人は案の定生業を捨てて山林のなかに入り、白い狐の皮を求めた。二十四か月かけて一枚も得られなかった。離枝はこれを聞いてその北を侵した。代の王はこれを聞いて大いに恐れ、兵を率いて代の谷に立てこもった。離枝はついにその北を侵し、王は兵を率いて斉に下ることを願い出た。斉は一銭の貨幣も失わないまま、使者をやりとりして三年で代を屈服させた。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
説苑・奉使齊魯を攻む。子貢哀公に見え、吳に救いを求めんことを請う。公曰く、「奚ぞ先君の寶を用いんや。」子貢曰く、「吳をして寶を責めて我に師を與えしむれば、是れ恃むべからざるなり。」是に於て楊幹麻筋の弓六を以て往く。子貢吳王に謂いて曰く、「齊無道を爲し、周公の後をして血食せざらしめんと欲す。且つ魯の賦五百、邾の賦三百なり。識らず此を以て齊を益せば、吳の利ならんか、非ならんか。」吳王懼れ、乃ち師を興して魯を救う。諸侯曰く、「齊周公の後を伐つに、吳之を救う。」遂に吳に朝す。
-
説苑・奉使蔡師強・王堅をして楚に使いせしむ。楚王之を聞きて曰く、「人の名章章たる者多し、獨り師強王堅と爲すか。」趣かに之に見えんとし、次を以てせず、其の人の狀を視るに、其の名を疑いて其の聲を醜しとし、又た其の形を惡む。楚王大いに怒りて曰く、「今蔡人無きか。國伐つべきなり。人有りて遣わさざるか。國伐つべきなり。端に此を以て寡人を誡むるか。國伐つべきなり。」故に二使を發するに、三たび伐たんと謀る者を見る、蔡なり。
-
孫子・謀攻篇故に上兵は謀を伐つ。その次は交を伐つ。その次は兵を伐つ。その下は城を攻む。
-
孔子家語・辯物呉王夫差、将に哀公と与に晋侯に見えんとす。子服景伯、使者に対えて曰わく、「王諸侯を合すれば、則ち伯侯牧を率いて以て王に見う。伯諸侯を合すれば、則ち侯子男を率いて以て伯に見う。今諸侯会するに、君と寡君と晋君に見えば、則ち晋成りて伯と為らん。且つ執事伯を以て諸侯を召し、而して侯を以て之れを終うれば、何の利か之れ有らん。」呉人乃ち止む。既にして之れを悔い、遂に景伯を囚う。伯、大宰嚭に謂いて曰わく、「魯将に十月上辛を以て、上帝に事有らんとす、先王季辛にして畢わる。何ぞや、世に職有り、襄より已来之れを改む。若し其れ会せずんば、則ち祝宗将に曰わん、呉実に然りと。」嚭夫差に言い、之れを帰す。子貢之れを聞き、孔子に見えて曰わく、「子服氏の子、説くに拙し。実を以て囚を獲、詐を以て免るるを得たり。」孔子曰わく、「呉子は夷為り、徳は欺く可くして実を以てす可からず。是れ聴く者の蔽いにして、説く者の拙きに非ざるなり。」
-
戦国策・齊攻宋宋使臧子索救於荊斉、宋を攻む。宋、臧子をして救いを荊に索めしむ。荊王大いに説び、救うことを許すこと甚だ勧む。臧子憂えて反る。其の御曰く、「救いを索めて得たり、憂色有るは何ぞや」と。臧子曰く、「宋は小にして斉は大なり。夫れ小宋を救いて大斉に悪まるるは、此れ王の憂うる所なり。而るに荊王説ぶこと甚だし。必ず以て我を堅くせん。我堅くして斉弊るれば、荊の利なり」と。臧子乃ち帰る。斉王果たして攻め、宋の五城を抜くも、荊王至らず。
-
論語・憲問篇子曰く、命を為るに、裨諶之を草創し、世叔之を討論し、行人子羽之を脩飾し、東里の子産之を潤色す。