管子 / 輕重乙
桓公曰:「寡人欲毋殺一士,毋頓一㦸而辟方都二,為之有道乎?」管子對曰:「涇水十二空,汶淵洙浩滿三之於,乃請以令,使九月種麥,日至日穫,則時雨未下而利農事矣。」桓公曰:「諾。」令以九月種麥,日至而穫。量其艾,一收之積中方都二。故此所謂善因天時,辯於地利,而辟方都之道也。
新字:桓公曰:「寡人欲毋殺一士,毋頓一㦸而辟方都二,為之有道乎?」管子対曰:「涇水十二空,汶淵洙浩満三之於,乃請以令,使九月種麦,日至日穫,則時雨未下而利農事矣。」桓公曰:「諾。」令以九月種麦,日至而穫。量其艾,一収之積中方都二。故此所謂善因天時,弁於地利,而辟方都之道也。
書き下し
桓公曰く、「寡人一士を殺す毋く、一㦸を頓く毋くして方都二を辟かんと欲す、之を為すに道有りや」と。管子對えて曰く、「涇水十二空、汶淵洙浩滿三の於、乃ち請う令を以て、九月に麥を種えしめ、日至に穫らしめば、則ち時雨未だ下らずして農事に利あらん」と。桓公曰く、「諾」と。令して九月を以て麥を種え、日至にして穫らしむ。其の艾るを量るに、一收の積みは方都二に中たる。故に此れ所謂善く天時に因り、地利を辯じて、方都を辟くの道なり。
現代語訳
桓公が言った。私は一人の士も殺さず、一本の戈も突き立てずに、都二つ分の土地を開きたい。その道はあるか。管子が答えた。涇水の十二の窪地、汶や洙のあたりの水の満ちるところ、そこで令を出して九月に麦を蒔かせ、冬至に刈らせれば、季節の雨が降る前に農事が片づいて利があります。桓公は、よし、と言った。令を出して九月に麦を蒔かせ、冬至に刈らせた。その刈り取りを量ると、一度の収穫の積み上がりが都二つ分にあたった。だからこれを、天の時にうまく乗り、土地の利を見分けて、都を開く道というのである。
解説
兵を使わずに国土を広げたい、という無茶な相談です。答えは麦の作付けを九月にずらすこと。冬至に刈れば、季節の雨が来る前に農事が片づく。その一回の収穫が、都二つ分の実りにあたった。天の時に乗り土地の利を見分ければ、戦わずに広げたのと同じになる。土地ではなく時間を取る発想でした。
この章句が説くこと
一士を殺す毋く一㦸を頓く毋くして方都二を辟かんと欲す九月に麦を種えしめ日至に穫らしむ時雨未だ下らずして農事に利あらん善く天時に因り地利を弁ず時期作付け
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