管子 / 輕重丁
桓公曰:「崢丘之戰,民多稱貸,負子息以給上之急,度上之求。寡人欲復業産,此何以洽?」管子對曰:「惟繆數為可耳。」桓公曰:「諾。」令左右州曰:「表稱貸之家,皆堊白其門而髙其閭。」州通之師執折箓曰:「君且使使者。」桓公使八使者式璧而聘之,以給鹽菜之用。稱貸之家皆齊首稽顙而問曰:「何以得此也?」使者曰:「君令曰:寡人聞之,詩曰『愷悌君子,民之父母』也。寡人有崢丘之戰。吾聞子假貸吾貧萌,使有以給寡人之急,度寡人之求。使吾萌春有以倳耜,夏有以決芸,而給上事,子之力也。是以式璧而聘子,以給鹽菜之用。故子中民之父母也。」稱貸之家皆折其劵而削其書,發其積藏,出其財物,以賑貧病,分其故貲,故國中大給。崢丘之謀也。此之謂繆數。
新字:桓公曰:「崢丘之戦,民多称貸,負子息以給上之急,度上之求。寡人欲復業産,此何以洽?」管子対曰:「惟繆数為可耳。」桓公曰:「諾。」令左右州曰:「表称貸之家,皆堊白其門而高其閭。」州通之師執折箓曰:「君且使使者。」桓公使八使者式璧而聘之,以給塩菜之用。称貸之家皆斉首稽顙而問曰:「何以得此也?」使者曰:「君令曰:寡人聞之,詩曰『愷悌君子,民之父母』也。寡人有崢丘之戦。吾聞子仮貸吾貧萌,使有以給寡人之急,度寡人之求。使吾萌春有以倳耜,夏有以決芸,而給上事,子之力也。是以式璧而聘子,以給塩菜之用。故子中民之父母也。」称貸之家皆折其劵而削其書,発其積蔵,出其財物,以賑貧病,分其故貲,故国中大給。崢丘之謀也。此之謂繆数。
書き下し
桓公曰く、「崢丘の戰、民多く稱貸し、子息を負いて以て上の急に給し、上の求めを度る。寡人業産を復せんと欲す、此れ何を以て洽わん」と。管子對えて曰く、「惟だ繆數のみ可なるのみ」と。桓公曰く、「諾」と。左右の州に令して曰く、「稱貸の家を表し、皆な其の門を堊白にして其の閭を髙くせよ」と。州の之を通ずるの師折箓を執りて曰く、「君且に使者を使わさんとす」と。桓公八使者をして璧を式して之を聘せしめ、以て鹽菜の用に給す。稱貸の家皆な首を齊しくし稽顙して問いて曰く、「何を以て此を得たるや」と。使者曰く、「君令して曰く、寡人之を聞く、詩に曰く『愷悌の君子は、民の父母なり』と。寡人に崢丘の戰有り。吾れ子の吾が貧萌に假貸して、以て寡人の急に給し、寡人の求めを度るに有らしむるを聞く。吾が萌をして春に以て耜を倳つる有り、夏に以て芸を決する有りて、上事に給せしむるは、子の力なり。是を以て璧を式して子を聘し、以て鹽菜の用に給す。故に子は民の父母に中たるなり」と。稱貸の家皆な其の劵を折りて其の書を削り、其の積藏を發き、其の財物を出だし、以て貧病を賑わし、其の故貲を分かつ、故に國中大いに給る。崢丘の謀なり。此れを之れ繆數と謂う。
現代語訳
桓公が言った。崢丘の戦いで民の多くが借りを作り、利息を負って上の急な入用にあて、上の求めに応じた。私はその暮らしを立て直したい。どうすれば行き渡るか。管子が答えた。ただ、からめ手の数え方だけができます。桓公は、よし、と言った。左右の州に令を出した。金を貸した家に印をつけ、みなその門を白く塗り、里の入り口を高くせよ、と。州でそれを取り次ぐ役が名簿を手に言った。君が使者をおつかわしになる、と。桓公は八人の使者に璧を捧げ持たせて訪ねさせ、塩や菜の入用にあてさせた。金を貸した家々はみな頭を揃えて額づいて問うた。どうしてこれを頂けるのですか。使者が言った。君の令にこうあります。私はこう聞いている。詩に、和やかな君子は民の父母である、とある。私には崢丘の戦いがあった。あなたが我が貧しい民に貸し与え、私の急な入用にあて、私の求めに応じられるようにしてくれたと聞く。我が民が春に鋤を立て、夏に草取りを片づけ、上の務めに応じられたのは、あなたの力だ。だから璧を捧げてあなたを訪ね、塩や菜の入用にあてていただく。あなたこそ民の父母にあたる、と。金を貸した家々はみな証文を折って帳面を削り、蔵を開けて財物を出し、貧しく病んだ者を助け、もとの蓄えを分けた。だから国じゅうに大いに行き渡った。崢丘の謀である。これを、からめ手の数え方という。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』輕重丁桓公曰く、「大夫多く其の財を并せて出ださず、五榖を腐朽せしめて散ぜず」と。管子對えて曰く、「請う令を以て城陽の大夫を召して之を請わん」と。桓公曰く、「何ぞや」と。管子對えて曰く、「城陽の大夫は嬖寵に絺を被せ、鵝鶩は餘粖を含み、鍾鼓の聲を齊え、笙箎を吹く、同姓は入らず、伯叔父母・逺近の兄弟は皆な寒くして衣を得ず、饑えて食を得ず。子寡人に忠を盡くさんと欲す、能わんや。故に子復た寡人に見ゆる毋かれ、と」と。其の位を滅し、其の門を杜ぎて出でず。功臣の家皆な爭いて其の積藏を發き、其の資財を出だし、以て其の逺近の兄弟に予う。以て未だ足らずと為し、又た國中の貧病孤獨老いて自ら食らう能わざるの萌を收め、皆な與りて得しむ。故に桓公仁を推し義を立て、功臣の家は兄弟相い戚しみ、骨肉相い親しみ、國に饑民無し。此れを之れ繆數と謂う。
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『管子』輕重丁請う令を以て稱貸の家を召し、君因りて之に酌むに酒を以てし、太宰觴を行らしめん。桓公衣を舉げて問いて曰く、『寡人務め多く、衡をして吾が國に籍らしむ。子の吾が貧萌に假貸して、以て其の上を終うる有らしむるを聞く。今寡人に鐻枝蘭鼓有り、其の賈は純萬泉に中たるなり、願わくは以て吾が貧萌の為に其の子息の數を決し、劵契の責無からしめん』と。稱貸の家皆な首を齊しくして稽顙して曰く、『君の萌を憂うること此に至る、請う再拜して以て堂下に獻ぜん』と。桓公曰く、『不可なり。子吾が萌をして春に以て耜を倳つる有り、夏に以て芸を決する有らしむ。寡人の徳とすること子に寵する所無し、此くの若くして受けずんば、寡人心に得ず』と。
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『管子』輕重丁桓公曰く、「寡人務め多し、衡をして吾が國の富商蓄賈稱貸の家に籍らしめ、以て吾が貧萌を利し、農夫をして其の本事を失わざらしめん。此に反するに道有りや」と。管子對えて曰く、「惟だ之に反するに號令を以てするのみ可なるのみ」と。桓公曰く、「事を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「請う賔胥無をして馳せて南せしめ、隰朋をして馳せて北せしめ、戚をして馳せて東せしめ、鮑叔をして馳せて西せしめん。四子の行定まらば、夷吾請う號令せん、四子に謂いて曰く、『子皆な我が君の為に四方の稱貸の間を視、其の息を受くるの氓幾何千家なるかを、以て吾に報ぜよ』と」と。
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『管子』輕重丁凡そ稱貸の家、泉を出だすこと參千萬、粟を出だすこと參數千萬鍾、子息を受くる民は參萬家なり。四子已に報ず。管子曰く、「我が君の萌有るを棄てず、一國に中りて五君の正なり。然らば國の貧しき無く、兵の弱き無きを欲するも、安んぞ得べけんや」と。桓公曰く、「此を為すに道有りや」と。管子曰く、「惟だ之に反するに號令を以てするのみ可なり。請う令を以て賀獻する者をして、皆な鐻枝蘭鼓を以てせしめば、則ち必ず坐ながらに長じて其の本に什倍せん。君の棧臺の職も、亦た坐ながらに長じて什倍せん。
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『管子』輕重乙桓公曰く、「事を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「請う令を以て師を發し屯を置き農に籍らんとし、十鍾の家は行かず、百鍾の家は行かず、千鍾の家は行かずとせよ。行く者は百の一、千の十に能わずして、囷窌の數は皆な上に見わる。君囷窌の數を案じ、之に令して曰く、『國貧しくして用足らず、請う平價を以て之を子より取らん』と、皆な囷窌に案じて挹損する能わず。君幣の輕重を直して以て其の數を決し、劵契の責無からしむれば、則ち積み藏する囷窌の粟は皆な君に歸せん。故に九州に敵無く、竟上に患い無し」と。令して曰く、「師を罷めて農に歸れ、之を用うる所無し」と。管子曰く、「天下に兵有らば、則ち積藏の粟は以て其の糧に備うるに足る。天下に兵無くんば、則ち以て貧甿に賜う。此くの若くんば、則ち菹菜鹹鹵斥澤山間の㙗の壤も草を發せざる無し。此れを之れ號令に籍ると謂う」と。
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『管子』山權數桓公丁氏に命じて曰く、「寡人老いたり、子為る者は此の數を知らず。終に吾が質を受けよ」と。丁氏歸り、築室を革め、賦籍を藏す。還ること四年にして、孤竹を伐つ。丁氏の粟は三軍五月の食に中つと謂う。桓公貢の數を立つるに、文行は七年に中りて四千金に中たり、黑白の子は千金に當たる。凡そ貢の制は、二齊の壤筴に中たるなり。貢を用うれば、國危うければ寶を出だし、國安ければ流を行う」と。桓公曰く、「何をか流と謂う」と。管子對えて曰く、「物に豫有れば、則ち君は筴を失いて民は生を失う。故に善く天下を為むる者は、二豫の外に操る」と。桓公曰く、「何をか二豫の外と謂う」と。管子對えて曰く、「萬乗の國は、以て萬金の蓄飾無かるべからず。千乗の國は、以て千金の蓄飾無かるべからず。百乗の國は、以て百金の蓄飾無かるべからず。此を以て令と進退するは、此れを之れ時に乗ずと謂う」と。