管子 / 輕重丁
請以令召稱貸之家,君因酌之酒,太宰行觴。桓公舉衣而問曰:『寡人多務,令衡籍吾國,聞子之假貸吾貧萌,使有以終其上,令寡人有鐻枝蘭鼓,其賈中純萬泉也,願以為吾貧萌決其子息之數,使無劵契之責。』稱貸之家皆齊首而稽顙曰:『君之憂萌至於此,請再拜以獻堂下。』桓公曰:『不可。子使吾萌春有以倳耜,夏有以決芸。寡人之徳子無所寵,若此而不受,寡人不得於心。』
新字:請以令召称貸之家,君因酌之酒,太宰行觴。桓公舉衣而問曰:『寡人多務,令衡籍吾国,聞子之仮貸吾貧萌,使有以終其上,令寡人有鐻枝蘭鼓,其賈中純万泉也,願以為吾貧萌決其子息之数,使無劵契之責。』称貸之家皆斉首而稽顙曰:『君之憂萌至於此,請再拝以献堂下。』桓公曰:『不可。子使吾萌春有以倳耜,夏有以決芸。寡人之徳子無所寵,若此而不受,寡人不得於心。』
書き下し
請う令を以て稱貸の家を召し、君因りて之に酌むに酒を以てし、太宰觴を行らしめん。桓公衣を舉げて問いて曰く、『寡人務め多く、衡をして吾が國に籍らしむ。子の吾が貧萌に假貸して、以て其の上を終うる有らしむるを聞く。今寡人に鐻枝蘭鼓有り、其の賈は純萬泉に中たるなり、願わくは以て吾が貧萌の為に其の子息の數を決し、劵契の責無からしめん』と。稱貸の家皆な首を齊しくして稽顙して曰く、『君の萌を憂うること此に至る、請う再拜して以て堂下に獻ぜん』と。桓公曰く、『不可なり。子吾が萌をして春に以て耜を倳つる有り、夏に以て芸を決する有らしむ。寡人の徳とすること子に寵する所無し、此くの若くして受けずんば、寡人心に得ず』と。
現代語訳
令を出して金を貸す家を招き、君みずから酒をつぎ、太宰に盃を回させなさい。桓公は衣の裾を持ち上げて問うた。私には務めが多く、値を扱う役に国から取り立てさせている。あなたがたが我が貧しい民に貸し与えて、上への務めを果たせるようにしてくれたと聞いている。いま私のところに鐻枝蘭鼓があり、その値は一つ一万泉にあたる。これをもって我が貧しい民のために利息の分を清算し、証文の負担をなくしたいと願う、と。金を貸す家々はみな頭を揃えて額づいて言った。君が民を思うことこれほどとは。二度拝んで堂の下に献上いたします、と。桓公が言った。それはいけない。あなたがたは我が民に、春には鋤を立てさせ、夏には草取りを片づけさせてくれた。私はその徳に、あなたがたに何も報いていない。それなのに受け取ってもらえなければ、私の心がおさまらない、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
-
『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
-
『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
-
『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。
-
『五常訓』巻之四・礼一威儀をつつしみ、衣冠を正しくし、視ること、聴くこと、言ふこと、動くことの四事につきて、各過不及なく、よき程の法あり。又親につかへ、君につかふるに、各さだまれる法あり。兄弟、夫婦に対し、賓客にまじはり、臣下に対し、民をつかひ、先祖鬼神をまつるも法あり。是礼は、皆天理のよき程なる節文にして、人事の定まれる作法なり。仁義皆理なりといへども、とりわき礼を理といへるに子細あり。理とは行ふべきすぢめなり。万事を行ふに、皆定まりたる作法あり。是人の行ふべきすぢめなり。是即礼なり。ここを以て聖人の説き給へる礼の字は、理の字にあたれり。然れども理といはずして礼といへるに、子細あり。理といへば形と事にあらはれたる迹なくして、虚なり。
-
『弁名』禮是の礼楽の教は、黙して之を識るに在りと雖も、然れども人の知、至る有り、至らざる有り。故に孔子時有りてか、一隅を挙げて以て其の義を語る。義とは先王の礼を制する所以の義、戴記に載する所皆是れのみ。祇だ人の知、至る有り、至らざる有り。故に七十子の先王を信ずる、孔子の先王を信ずるに及ばず。其の人の七十子を信ずるも、亦た七十子の孔子を信ずるに及ばず。故に其の人に喩さんと欲するの急なる、其の義を論説して已まず。日に以て蔓衍し、以て戦国の時に至りて、義遂に礼を離れて孤行し、復た礼に就きて其の義を言はず。孟子の書を観て見るべきのみ。此れより其の後、古を去ること益〻遠く、義理の説益〻盛んに、囂然として以て天下を乱し、先王・孔子の教、蕩乎として尽く。悲しいかな。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る