管子 / 山權數
桓公命丁氏曰:『寡人老矣,為子者不知此數。終受吾質!』丁氏歸,革築室,賦籍藏還四年,伐孤竹,謂丁氏之粟中食三軍五月之食。桓公立貢數,文行中七年中四千金,黑白之子當千金。凡貢制,中二齊之壤筴也。用貢,國危出寶,國安行流。」桓公曰:「何謂流?」管子對曰:「物有豫,則君失筴而民失生矣。故善為天下者,操於二豫之外。」桓公曰:「何謂二豫之外?」管子對曰:「萬乗之國,不可以無萬金之蓄飾。千乗之國,不可以無千金之蓄飾。百乗之國,不可以無百金之蓄飾。以此與令進退,此之謂乗時。」
新字:桓公命丁氏曰:『寡人老矣,為子者不知此数。終受吾質!』丁氏帰,革築室,賦籍蔵還四年,伐孤竹,謂丁氏之粟中食三軍五月之食。桓公立貢数,文行中七年中四千金,黒白之子当千金。凡貢制,中二斉之壤筴也。用貢,国危出宝,国安行流。」桓公曰:「何謂流?」管子対曰:「物有予,則君失筴而民失生矣。故善為天下者,操於二予之外。」桓公曰:「何謂二予之外?」管子対曰:「万乗之国,不可以無万金之蓄飾。千乗之国,不可以無千金之蓄飾。百乗之国,不可以無百金之蓄飾。以此与令進退,此之謂乗時。」
書き下し
桓公丁氏に命じて曰く、「寡人老いたり、子為る者は此の數を知らず。終に吾が質を受けよ」と。丁氏歸り、築室を革め、賦籍を藏す。還ること四年にして、孤竹を伐つ。丁氏の粟は三軍五月の食に中つと謂う。桓公貢の數を立つるに、文行は七年に中りて四千金に中たり、黑白の子は千金に當たる。凡そ貢の制は、二齊の壤筴に中たるなり。貢を用うれば、國危うければ寶を出だし、國安ければ流を行う」と。桓公曰く、「何をか流と謂う」と。管子對えて曰く、「物に豫有れば、則ち君は筴を失いて民は生を失う。故に善く天下を為むる者は、二豫の外に操る」と。桓公曰く、「何をか二豫の外と謂う」と。管子對えて曰く、「萬乗の國は、以て萬金の蓄飾無かるべからず。千乗の國は、以て千金の蓄飾無かるべからず。百乗の國は、以て百金の蓄飾無かるべからず。此を以て令と進退するは、此れを之れ時に乗ずと謂う」と。
現代語訳
桓公は丁氏に命じた。私は老いた。子の代の者はこの数え方を知るまい。だから最後まで私の質を受け取っておけ、と。丁氏は帰って蔵を建て替え、その割り当ての帳面を納めた。それから四年たって孤竹を討ち、丁氏の粟は三軍五か月分の食にあたったという。桓公が貢ぎの数を立てると、文様入りの品は七年で四千金にあたり、黒白の玉は千金にあたった。貢ぎの決まりはおよそ斉の土地二つ分の手立てにあたる。貢ぎを使えば、国が危ういときは宝を出し、国が安らかなときは流れを回す。桓公が言った。流れとは何か。管子が答えた。物に先回りして囲い込む動きが出れば、君は手立てを失い、民は暮らしを失います。だからうまく天下を治める者は、その二つの先回りの外側で手を打ちます。桓公が言った。二つの先回りの外側とは何か。管子が答えた。万乗の国には万金の蓄えと備えがなければならず、千乗の国には千金、百乗の国には百金の蓄えと備えがなければならない。それを令とともに出し入れする。これを時に乗るといいます。
解説
この章句が説くこと
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『長短経』適変是に由りて之を言えば、故に知る、人の若き者は、各々其の時に因りて功を建て徳を立つるを。〈孟子曰く「鎡基有りと雖も、時に遇うに如かず。智慧有りと雖も、代に逢うに如かず」と。范蠡曰く「時至らざれば、強いて生ず可からず。事究まらざれば、強いて成す可からず」と。語に曰く「聖人は備えを修めて以て時を待つなり」と。〉
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