管子 / 輕重丁
戚馳而東,反報曰:「東方之萌,帶山負海,若處,上斷福,漁獵之萌也。治葛縷而為食。其稱貸之家,丁惠髙、國,多者五千鍾,少者三十鍾。其出之,中鍾五釜也。其受息之萌八九百家。」隰朋馳而北,反報曰:「北方之萌者,衍處負海,煮泲為鹽,梁濟取魚之萌也。薪食。其稱貸之家,多者千萬,少者六七百萬。其出之,中伯二十也。受息之氓九百餘家。」
新字:戚馳而東,反報曰:「東方之萌,帯山負海,若処,上断福,漁猟之萌也。治葛縷而為食。其称貸之家,丁恵高、国,多者五千鍾,少者三十鍾。其出之,中鍾五釜也。其受息之萌八九百家。」隰朋馳而北,反報曰:「北方之萌者,衍処負海,煮泲為塩,梁済取魚之萌也。薪食。其称貸之家,多者千万,少者六七百万。其出之,中伯二十也。受息之氓九百余家。」
書き下し
戚馳せて東し、反り報じて曰く、「東方の萌は、山を帶び海を負い、若處し、上は福を斷り、漁獵の萌なり。葛縷を治めて食を為す。其の稱貸の家は、丁・惠・髙・國、多き者は五千鍾、少なき者は三十鍾。其の之を出だすや、鍾にして五釜に中たる。其の息を受くるの萌は八九百家」と。隰朋馳せて北し、反り報じて曰く、「北方の萌なる者は、衍處し海を負い、泲を煮て鹽と為し、濟に梁して魚を取るの萌なり。薪もて食す。其の稱貸の家は、多き者は千萬、少なき者は六七百萬。其の之を出だすや、伯に二十に中たる。息を受くるの氓は九百餘家」と。
現代語訳
寗戚が東へ走り、帰って報告した。東の民は山を帯にし海を背にして住み、上では木を伐り、漁と狩りをする民です。葛の繊維を績んで暮らしている。金を貸す家は丁氏、恵氏、高氏、国氏で、多いところで五千鍾、少ないところで三十鍾。貸し出しは一鍾につき五釜の利です。利息を負っている民は八、九百家。隰朋が北へ走り、帰って報告した。北の民は平地に住み海を背にし、済水を煮て塩を作り、川に簗をかけて魚を取る民です。薪を売って暮らしている。金を貸す家は、多いところで千万、少ないところで六、七百万。貸し出しは百につき二十の利です。利息を負っている民は九百余家。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『管子』輕重丁鮑叔馳せて西し、反り報じて曰く、「西方の氓なる者は、濟を帶び河を負い、菹澤の萌なり。漁獵し薪蒸を取りて食を為す。其の稱貸の家は、多き者は千鍾、少なき者は六七百鍾。其の之を出だすや、鍾にして一鍾なり。其の息を受くるの萌は九百餘家」と。賔胥無馳せて南し、反り報じて曰く、「南方の萌なる者は、山居谷處、登降の萌なり。上は輪軸を斵り、下は杼栗を采り、田獵して食を為す。其の稱貸の家は、多き者は千萬、少なき者は六七百萬。其の之を出だすや、伯に伍に中たる。其の息を受くるの萌は八百餘家」と。
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『管子』輕重丁桓公曰く、「寡人務め多し、衡をして吾が國の富商蓄賈稱貸の家に籍らしめ、以て吾が貧萌を利し、農夫をして其の本事を失わざらしめん。此に反するに道有りや」と。管子對えて曰く、「惟だ之に反するに號令を以てするのみ可なるのみ」と。桓公曰く、「事を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「請う賔胥無をして馳せて南せしめ、隰朋をして馳せて北せしめ、戚をして馳せて東せしめ、鮑叔をして馳せて西せしめん。四子の行定まらば、夷吾請う號令せん、四子に謂いて曰く、『子皆な我が君の為に四方の稱貸の間を視、其の息を受くるの氓幾何千家なるかを、以て吾に報ぜよ』と」と。
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『管子』輕重丁請う令を以て稱貸の家を召し、君因りて之に酌むに酒を以てし、太宰觴を行らしめん。桓公衣を舉げて問いて曰く、『寡人務め多く、衡をして吾が國に籍らしむ。子の吾が貧萌に假貸して、以て其の上を終うる有らしむるを聞く。今寡人に鐻枝蘭鼓有り、其の賈は純萬泉に中たるなり、願わくは以て吾が貧萌の為に其の子息の數を決し、劵契の責無からしめん』と。稱貸の家皆な首を齊しくして稽顙して曰く、『君の萌を憂うること此に至る、請う再拜して以て堂下に獻ぜん』と。桓公曰く、『不可なり。子吾が萌をして春に以て耜を倳つる有り、夏に以て芸を決する有らしむ。寡人の徳とすること子に寵する所無し、此くの若くして受けずんば、寡人心に得ず』と。
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『管子』輕重丁桓公曰く、「齊の西は水潦して民饑え、齊の東は豐庸にして糶賤し。東の賤きを以て西の貴きに被らしめんと欲す、之を為すに道有りや」と。管子對えて曰く、「今齊の西の粟は釜に百泉なれば、則ち鏂に二十なり。齊の東の粟は釜に十泉なれば、則ち鏂に二錢なり。請う令を以て人ごとに三十泉を籍り、五穀菽粟を以て其の籍を决するを得しめん。此くの若くんば、則ち齊の西は三斗を出だして其の籍を决し、齊の東は三釜を出だして其の籍を决す、然らば則ち釜十の粟は皆な倉廪に實つ。西の民の饑うる者は食を得、寒ゆる者は衣を得、本無き者には之に陳を予え、種無き者には之に新を予う、此くの若くんば、則ち東西の相い被り、逺近の準平らかならん」と。
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『管子』輕重丁凡そ稱貸の家、泉を出だすこと參千萬、粟を出だすこと參數千萬鍾、子息を受くる民は參萬家なり。四子已に報ず。管子曰く、「我が君の萌有るを棄てず、一國に中りて五君の正なり。然らば國の貧しき無く、兵の弱き無きを欲するも、安んぞ得べけんや」と。桓公曰く、「此を為すに道有りや」と。管子曰く、「惟だ之に反するに號令を以てするのみ可なり。請う令を以て賀獻する者をして、皆な鐻枝蘭鼓を以てせしめば、則ち必ず坐ながらに長じて其の本に什倍せん。君の棧臺の職も、亦た坐ながらに長じて什倍せん。
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『管子』輕重丁故に稱貸の家曰く、『皆な再拜して受けん』と。出だす所の棧臺の職は未だ參千純なる能わざるに、四方の子息の数を决して劵契の責無からしむ。四方の萌之を聞き、父は其の子に教え、兄は其の弟に教えて曰く、『夫れ田を墾き務を發するは、上の急とする所なり、以て庶からざるべけんや。君の我を憂うること此に至る』と。此れを之れ反準と謂う」と。