管子 / 輕重丁
桓公曰:「齊西水潦而民饑,齊東豐庸而糶賤。欲以東之賤被西之貴,為之有道乎?」管子對曰:「今齊西之粟釜百泉,則鏂二十也。齊東之粟釜十泉,則鏂二錢也。請以令籍人三十泉,得以五穀菽粟决其籍。若此,則齊西出三斗而决其籍,齊東出三釜而决其籍,然則釜十之粟皆實於倉廪。西之民饑者得食,寒者得衣,無本者予之陳,無種者予之新,若此,則東西之相被,逺近之準平矣。」
新字:桓公曰:「斉西水潦而民饑,斉東豊庸而糶賤。欲以東之賤被西之貴,為之有道乎?」管子対曰:「今斉西之粟釜百泉,則鏂二十也。斉東之粟釜十泉,則鏂二銭也。請以令籍人三十泉,得以五穀菽粟決其籍。若此,則斉西出三斗而決其籍,斉東出三釜而決其籍,然則釜十之粟皆実於倉廪。西之民饑者得食,寒者得衣,無本者予之陳,無種者予之新,若此,則東西之相被,遠近之準平矣。」
書き下し
桓公曰く、「齊の西は水潦して民饑え、齊の東は豐庸にして糶賤し。東の賤きを以て西の貴きに被らしめんと欲す、之を為すに道有りや」と。管子對えて曰く、「今齊の西の粟は釜に百泉なれば、則ち鏂に二十なり。齊の東の粟は釜に十泉なれば、則ち鏂に二錢なり。請う令を以て人ごとに三十泉を籍り、五穀菽粟を以て其の籍を决するを得しめん。此くの若くんば、則ち齊の西は三斗を出だして其の籍を决し、齊の東は三釜を出だして其の籍を决す、然らば則ち釜十の粟は皆な倉廪に實つ。西の民の饑うる者は食を得、寒ゆる者は衣を得、本無き者には之に陳を予え、種無き者には之に新を予う、此くの若くんば、則ち東西の相い被り、逺近の準平らかならん」と。
現代語訳
桓公が言った。斉の西は水害で民が飢え、斉の東は豊作で穀物の売値が安い。東の安さで西の高さを覆いたい。これに道はあるか。管子が答えた。いま斉の西の粟が一釜百泉なら、一鏂で二十になる。斉の東の粟が一釜十泉なら、一鏂で二銭になる。令を出して一人あたり三十泉を割り当て、五穀や豆や粟で納めることを認めましょう。こうすれば斉の西は三斗を出して割り当てを果たし、斉の東は三釜を出して果たすことになります。すると一釜十泉の粟がみな倉に満ちる。西の民で飢えた者は食を得、凍える者は衣を得、生業のもとのない者には古い蓄えを与え、種のない者には新しい種を与える。こうすれば東と西は互いを覆い、遠近の水準は平らになります。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『管子』輕重乙桓公曰く、「壤數は此に盡くるか」と。管子對えて曰く、「未だし。昔狄諸侯は、畆鍾の國なり、故に粟十鍾にして錙金なり。程諸侯は、山諸侯の國なり、故に粟五釜にして錙金なり。故に狄諸侯は十鍾にして㦸を倳つるを得ず、程諸侯は五釜にして㦸を倳つるを得たり。十倍にして足らず、或いは五分にして餘り有る者は、輕重髙下の數に通ずればなり。國に十歳の蓄え有るも、民の食足らざる者は、皆な其の事業を以て君の祿を望めばなり。君に山海の財有るも、民の用足らざる者は、皆な其の事業を以て上に交接すればなり。故に租籍は、君の宜しく得べき所なり。正籍は、君の彊いて求むる所なり。亡君は其の宜しく得べき所を廢して、其の彊いて求むる所を斂む、故に下は上を怨みて令行われず。民は、之を奪えば則ち怒り、之に予うれば則ち喜ぶ。民情固より然り。先王は其の然るを知る、故に予うるの所を見わして、奪うの理を見わさず。故に五榖粟米なる者は、民の司命なり。黄金刀布なる者は、民の通貨なり。先王善く其の通貨を制して、以て其の司命を御す、故に民力盡くすべきなり」と。
-
『管子』輕重乙桓公曰く、「事を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「請う令を以て師を發し屯を置き農に籍らんとし、十鍾の家は行かず、百鍾の家は行かず、千鍾の家は行かずとせよ。行く者は百の一、千の十に能わずして、囷窌の數は皆な上に見わる。君囷窌の數を案じ、之に令して曰く、『國貧しくして用足らず、請う平價を以て之を子より取らん』と、皆な囷窌に案じて挹損する能わず。君幣の輕重を直して以て其の數を決し、劵契の責無からしむれば、則ち積み藏する囷窌の粟は皆な君に歸せん。故に九州に敵無く、竟上に患い無し」と。令して曰く、「師を罷めて農に歸れ、之を用うる所無し」と。管子曰く、「天下に兵有らば、則ち積藏の粟は以て其の糧に備うるに足る。天下に兵無くんば、則ち以て貧甿に賜う。此くの若くんば、則ち菹菜鹹鹵斥澤山間の㙗の壤も草を發せざる無し。此れを之れ號令に籍ると謂う」と。
-
『管子』輕重甲桓公死事の後を賞せんと欲して、曰く、「吾が國なる者は、衢處の國、饋食の都、虎狼の棲む所なり。今戰う每に、死せるを輿し傷つけるを扶くること孤の如し、荼首の孫、㦸を倳つるの寶を仰ぐ、吾れ之に與うるに由無し、之を為すこと奈何」と。管子對えて曰く、「吾が國の豪家、封を遷し邑に食みて居る者は、君之を章らかにするに物を以てすれば則ち物重く、之を章らかにするに物を以てせざれば則ち物輕し。之を守るに物を以てすれば則ち物重く、之を守るに物を以てせざれば則ち物輕し。故に封を遷し邑に食む富商蓄賈、餘りを積み羨を藏し跱蓄する家、此れ吾が國の豪なり。
-
『管子』輕重乙桓公曰く、「吾れ正商賈の利を殺して、農夫の事を益さんと欲す、此を為すに道有りや」と。管子對えて曰く、「粟重ければ萬物輕く、粟輕ければ萬物重し、兩つの者は衡して立たず。故に正商賈の利を殺して、農夫の事を益さんとせば、則ち請う粟の價を重くして金三百とせん。是くの若くんば則ち田野大いに辟け、農夫は其の事に勸まん」と。桓公曰く、「之を重くするに道有りや」と。管子對えて曰く、「請う令を以て大夫と城藏せしめ、卿諸侯をして千鍾を藏せしめ、令大夫をして五百鍾を藏せしめ、列大夫をして百鍾を藏せしめ、富商蓄賈をして五十鍾を藏せしめん。内は以て國の委と為すべく、外は以て農夫の事を益すべし」と。桓公曰く、「善し」と。卿諸侯・令大夫に下令して城藏せしむ。農夫其の五榖を辟きて其の賈を三倍す。則ち正商は其の事を失いて、農夫は百倍の利有り。
-
『管子』輕重甲桓公管子に問いて曰く、「今㦸を倳つること十萬、薪菜の靡やすること、日に十里の衍を虚しくす。㦸を頓きて一たび譟げば、而ち幣を靡やすの用、日に千金の積みを去る。之を久しくせば、且た何を以て之を待たん」と。管子對えて曰く、「粟の賈平らかにして四十なれば、則ち金の賈は四千なり。粟の賈釜に四十なれば、則ち鍾に四百なり、十鍾にして四千なり、二十鍾なる者は八千と為る。金の賈四千なれば、則ち二金は八千に中たるなり。然らば則ち一農の事、歳を終うるまで百畝を耕し、百畝の收は、二十鍾に過ぎず、一農の事は乃ち二金の財に中たるのみ。故に粟重ければ黄金輕く、黄金重ければ粟輕し、兩つの者は衡して立たず。故に善き者は粟の賈を重くし、釜に四百なれば、則ち是れ鍾に四千なり、十鍾にして四萬、二十鍾なる者は八萬。金の賈四千なれば、則ち是れ十金は四萬なり、二十金なる者は八萬と為る。故に號を發し令を出だして曰く、一農の事は、二十金の筴有りと。然らば則ち地に廣狹有るに非ず、國に貧富有るに非ざるなり、號を發し令を出だすに通じ、輕重の數に審らかなること然るなり」と。
-
『管子』輕重甲故に君請う縞素して士室に就き、功臣世家、封を遷し邑に食む者、餘りを積み羨を藏し跱蓄する家に朝して、曰わん、『城脆ければ衝を致し、委無ければ圍を致す。天下に慮り有るも、齊獨り其の謀に與らず。子大夫の五榖菽粟有る者は、敢えて左右する勿かれ、請う平賈を以て之を子より取らん』と。之と其の劵契の齒を定む。金鏂の數は、侈弇を為すを得ざらしむ。困窮の民、聞きて之を糴えば、釜鏂止まる無く、逺通推さず、國粟の賈は坐ながらに長じて四十倍す。君四十倍の粟を出だし、以て孤寡を振い、貧病を牧い、獨老窮して子無き者を視て、相い鬻ぐを得ずして之を養い、溝澮の中に赴かしむる勿かれ。此くの若くんば、則ち士は爭いて前み戰いて顔行と為り、偷まずして用を為し、死せるを輿し傷つけるを扶く、死する者半ばを過ぐ。此れ何の故ぞや。士は戰いを好みて死を輕んずるに非ず、輕重の分の然らしむるなり」と。