管子 / 輕重丁
桓公曰:「天子之養不足,號令賦於天下,則不信諸侯,為此有道乎?」管子對曰:「江、淮之間,有一茅而三脊,母至其本,名之曰菁茅。請使天子之吏環封而守之。夫天子則封於太山,禪於梁父,號令天下諸侯曰:『諸從天子封於太山、禪於梁父者,必抱菁茅一束以為禪籍。不如令者不得從。』」天子下諸侯,載其黄金,爭秩而走。江、淮之菁茅,坐長而十倍,其賈一束而百金。故天子三日即位,天下之金四流而歸周若流水。故周天子七年不求賀獻者,菁茅之謀也。
新字:桓公曰:「天子之養不足,号令賦於天下,則不信諸侯,為此有道乎?」管子対曰:「江、淮之間,有一茅而三脊,母至其本,名之曰菁茅。請使天子之吏環封而守之。夫天子則封於太山,禅於梁父,号令天下諸侯曰:『諸従天子封於太山、禅於梁父者,必抱菁茅一束以為禅籍。不如令者不得従。』」天子下諸侯,載其黄金,争秩而走。江、淮之菁茅,坐長而十倍,其賈一束而百金。故天子三日即位,天下之金四流而帰周若流水。故周天子七年不求賀献者,菁茅之謀也。
書き下し
桓公曰く、「天子の養い足らず、天下に號令して賦れば、則ち諸侯に信ぜられず、此を為すに道有りや」と。管子對えて曰く、「江・淮の間に、一茅にして三脊なる有り、其の本に至る母し、之を名づけて菁茅と曰う。請う天子の吏をして環り封じて之を守らしめよ。夫れ天子則ち太山に封じ、梁父に禪し、天下の諸侯に號令して曰わん、『諸そ天子に從いて太山に封じ、梁父に禪する者は、必ず菁茅一束を抱きて以て禪籍と為せ。令の如くせざる者は從うを得ず』と」と。天子諸侯に下し、其の黄金を載せ、秩を爭いて走る。江・淮の菁茅は、坐ながらに長じて十倍し、其の賈は一束にして百金。故に天子三日にして位に即き、天下の金は四のかた流れて周に歸すること流水の若し。故に周の天子七年賀獻を求めざる者は、菁茅の謀なり。
現代語訳
桓公が言った。天子の暮らしが立たず、天下に令を出して取り立てれば、諸侯に信じてもらえない。これに道はあるか。管子が答えた。長江と淮水のあいだに、一本の茅に三筋の筋があるものがあり、その根もとまで達しているものはない。これを菁茅といいます。天子の役人にぐるりと封じて守らせなさい。天子は泰山で天を祭り、梁父で地を祭る。そして天下の諸侯に令を出す。天子に従って泰山と梁父の祭りに加わる者は、必ず菁茅一束を抱えて祭りの敷物とせよ。令のとおりにしない者は従うことができない、と。天子が諸侯に下すと、諸侯は黄金を積み、序列を争って走った。長江と淮の菁茅は座ったまま十倍になり、その値は一束百金になった。だから天子は三日で位につき、天下の金は四方から流れて周へ帰することは流れる水のようであった。だから周の天子が七年のあいだ献上を求めなかったのは、菁茅の謀による。
解説
この章句が説くこと
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『管子』輕重丁桓公曰く、「寡人西のかた天子に朝せんと欲するも、賀獻足らず、此を為すに數有りや」と。管子對えて曰く、「請う令を以て隂里に城き、其の牆をして三重にして門を九襲ならしめよ。因りて玉人をして石を刻して璧を為らしめ、尺なる者は萬泉、八寸なる者は八千、七寸なる者は七千、珪は四千に中たり、瑗は五百に中たらしめん」と。璧の數已に具わり、管子西のかた天子に見えて曰く、「邑の君、諸侯を率いて先王の廟に朝し、周室に觀んと欲す。請う令を以て天下の諸侯の先王の廟に朝し周室に觀る者をして、彤弓石璧を以てせざるを得ざらしめよ。彤弓石璧を以てせざる者は、入朝するを得ずと」と。天子之を許して曰く、「諾」と。天下に號令す。天下の諸侯は黄金・珠玉・五榖・文采・布泉を載せて齊に輸り、以て石璧を收む。石璧流れて天下に之き、天下の財物は流れて齊に之く、故に國八歳にして籍る無し、隂里の謀なり。
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『管子』山至數桓公管子に問いて曰く、「昔者周人天下を有ち、諸侯賔服し、名教天下に通ず、而るに其の下に奪わる、何の數ぞや」と。管子對えて曰く、「君壤を分かちて貢入せしめ、市朝流を同じくす。黄金は、一筴なり。江陽の珠は、一筴なり。秦の明山の曾青は、一筴なり。此れ寡を以て多と為し、狹を以て廣と為すと謂う、軌出の屬なり」と。桓公曰く、「天下の數は軌出の屬に盡くるか」と。「今國榖重きこと什倍にして萬物輕し、大夫賈に謂う、之の子吾が為に榖を運びて財を斂めよと。榖の重は一なるも、今九は餘りと為る。榖重くして萬物輕し、此くの若くんば、則ち國財の九は大夫に在り。國歳ごとに一を反せば、財物の九なる者は、皆な倍重して出づ。財物下に在れば、幣の九は大夫に在り。然らば則ち幣と榖との羨は大夫に在るなり。天子客を以て行き、令は時を以て出づるも、熟榖の人亡び、諸侯受けて之を官し、朋を連ね與を聚め、萬物を髙下して、以て民用に合す。内は則ち大夫自ら還りて忠を盡くさず、外は則ち諸侯朋を連ね與を合す、熟榖の人は則ち去り亡ぶ、故に天子其の權を失うなり」と。桓公曰く、「善し」と。
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『管子』輕重甲桓公曰く、「此の若き言は何の謂いぞや」と。管子對えて曰く、「山林菹澤草萊なる者は、薪蒸の出づる所、犧牲の起こる所なり。故に民をして之を求めしめ、民をして之を藉らしめ、因りて以て之に給す。私かに之を民に愛すること、弟の兄に與けるが若く、子の父に與けるがごとし、然る後に以て財を通じ殷を交うべきなり。故に請う君の游財を取りて、邑里に之を布積せん。陽春、蠶桑且に至らんとす、請う以て其の口食曲の彊に給せん。此くの若くんば、則ち絓絲の籍は分を去りて斂まらん。且つ四方の至らざるは、六時之を制す。春日には耜を倳て、次日には麥を獲り、次日には芋を薄し、次日には麻を樹え、次日には菹を絶ち、次日には大雨且に至らんとして、芸壅培を趣す。六時之を制すれば、臣給して國都に至る。善き者は鄉ごとに其の輕重に因り、其の委廬を守る、故に事至りて妄ならず、然る後に以て立ちて天下の王と為るべし」と。
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『管子』輕重甲管子を召して問いて曰く、「安くんぞ此の鹽を用いて可ならん」と。管子對えて曰く、「孟春既に至り、農事且に起こらんとす。大夫は冡墓を繕い、宫室を理め、臺榭を立て、牆垣を築くを得る無からしめ、北海の衆は庸を聚めて鹽を煑るを得る無からしむ。此くの若くんば、則ち鹽は必ず坐ながらに長じて十倍せん」と。桓公曰く、「善し。事を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「請う令を以て之を梁・趙・宋・衛・濮陽に糶らん。彼れ盡く之を饋食す、國に鹽無ければ則ち腫る。守圉の國は、鹽を用うること獨り甚だし」と。桓公曰く、「諾」と。乃ち令を以て之を糶らしめ、成金萬一千餘斤を得。桓公管子を召して問いて曰く、「安くんぞ金を用いて可ならん」と。管子對えて曰く、「請う令を以て賀獻し正籍を出だす者をして必ず金を以てせしめよ、金は坐ながらに長じて百倍せん。金の重きを運らし、以て萬物に衡すれば、盡く君に歸せん。故に此れ所謂用うること河海に挹むが若く、之を輸ぶこと馬に給するが若し。此れ隂王の業なり」と。
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『管子』輕重甲桓公曰く、「寡人室屋に籍らんと欲す」と。管子對えて曰く、「不可なり。是れ成れるを毁つなり」と。「萬民に籍らんと欲す」。管子曰く、「不可なり。是れ情を隱すなり」と。「六畜に籍らんと欲す」。管子對えて曰く、「不可なり。是れ生を殺すなり」と。「樹木に籍らんと欲す」。管子對えて曰く、「不可なり。是れ生を伐るなり」と。「然らば則ち寡人安くに籍りて可ならん」と。管子對えて曰く、「君請う鬼神に籍れ」と。桓公忽然として色を作して曰く、「萬民・室屋・六畜・樹木すら且つ籍るを得べからず、鬼神は乃ち得て籍るべけんや」と。管子對えて曰く、「宜しきに厭い勢に乗ずるは、事の利を得るなり。計議權に因るは、事の囿の大なるなり。王者は勢に乗じ、聖人は幼に乗じ、物と皆な宜し」と。桓公曰く、「事を行うこと奈何」と。管子對えて曰く、「昔堯の五吏五官は食らう所無し、君請う五厲の祭を立てて、堯の五吏を祭れ。春に蘭を獻じ、秋に落を斂め、原魚を以て脯と為し、鯢を以て殽と為す。此くの若くんば、則ち澤魚の正は異日に伯倍し、則ち屋粟邦布の藉無し。此れを之れ設くるに祈祥を以てし、推すに禮義を以てすと謂うなり。然らば則ち自ら足る、何ぞ民に求めんや」と。
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『管子』山權數桓公管子に問いて曰く、「輕重の準は之を施せり、筴は此に盡くるか」と。管子曰く、「未だし。將に神を御し寶を用いんとす」と。桓公曰く、「何をか神を御し寶を用うと謂う」と。管子對えて曰く、「北郭に掘闕して得る者有り、此れ數百里の地を檢するなり」と。桓公曰く、「何をか百里の地を得と謂う」と。管子對えて曰く、「北郭の得たる者、之を平盤の中に過ぎしめよ。君請う十乗の使い、百金の提を起こし、北郭の得たるの家に命じて曰わしめよ、『若に服中大夫を賜う』と。曰く、『東海の子、若に託舎するに類たり。若に大夫の服を賜いて以て而の身を終えしめ、若を勞うに百金を以てす』と。之を無貲と為して、諸を泰臺に藏し、一日にして之を釁るに四牛を以てし、寶を立てて無貲と曰う。還ること四年にして、孤竹を伐つ。丁氏の家の粟は三軍の師の行くこと五月なるに食らわしむべし。丁氏を召して之に命じて曰く、『吾に無貲の寶此に有り。吾れ今將に大事有らんとす、請う寶を以て子に質と為して、以て子の邑の粟を假らん』と。丁氏北鄉して再拜し、粟を入れて、敢えて寶の質を受けず。