管子 / 山至數
桓公問於管子曰:「昔者周人有天下,諸侯賔服,名教通於天下,而奪於其下,何數也?」管子對曰:「君分壤而貢入,市朝同流。黄金,一筴也。江陽之珠,一筴也。秦之明山之曾青,一筴也。此謂以寡為多,以狹為廣,䡄出之屬也。」桓公曰:「天下之數盡於䡄出之屬也?」「今國榖重什倍而萬物輕,大夫謂賈,之子為吾運榖而斂財。榖之重一也,今九為餘。榖重而萬物輕,若此,則國財九在大夫矣。國嵗反一,財物之九者,皆倍重而出矣。財物在下,幣之九在大夫。然則幣榖羨在大夫也。天子以客行,令以時出,熟榖之人亡,諸侯受而官之,連朋而聚與,髙下萬物,以合民用。内則大夫自還而不盡忠,外則諸侯連朋合與,熟榖之人則去亡,故天子失其權也。」桓公曰:「善。」
新字:桓公問於管子曰:「昔者周人有天下,諸侯賔服,名教通於天下,而奪於其下,何数也?」管子対曰:「君分壤而貢入,市朝同流。黄金,一筴也。江陽之珠,一筴也。秦之明山之曽青,一筴也。此謂以寡為多,以狭為広,䡄出之属也。」桓公曰:「天下之数尽於䡄出之属也?」「今国榖重什倍而万物軽,大夫謂賈,之子為吾運榖而斂財。榖之重一也,今九為余。榖重而万物軽,若此,則国財九在大夫矣。国歳反一,財物之九者,皆倍重而出矣。財物在下,幣之九在大夫。然則幣榖羨在大夫也。天子以客行,令以時出,熟榖之人亡,諸侯受而官之,連朋而聚与,高下万物,以合民用。内則大夫自還而不尽忠,外則諸侯連朋合与,熟榖之人則去亡,故天子失其権也。」桓公曰:「善。」
書き下し
桓公管子に問いて曰く、「昔者周人天下を有ち、諸侯賔服し、名教天下に通ず、而るに其の下に奪わる、何の數ぞや」と。管子對えて曰く、「君壤を分かちて貢入せしめ、市朝流を同じくす。黄金は、一筴なり。江陽の珠は、一筴なり。秦の明山の曾青は、一筴なり。此れ寡を以て多と為し、狹を以て廣と為すと謂う、軌出の屬なり」と。桓公曰く、「天下の數は軌出の屬に盡くるか」と。「今國榖重きこと什倍にして萬物輕し、大夫賈に謂う、之の子吾が為に榖を運びて財を斂めよと。榖の重は一なるも、今九は餘りと為る。榖重くして萬物輕し、此くの若くんば、則ち國財の九は大夫に在り。國歳ごとに一を反せば、財物の九なる者は、皆な倍重して出づ。財物下に在れば、幣の九は大夫に在り。然らば則ち幣と榖との羨は大夫に在るなり。天子客を以て行き、令は時を以て出づるも、熟榖の人亡び、諸侯受けて之を官し、朋を連ね與を聚め、萬物を髙下して、以て民用に合す。内は則ち大夫自ら還りて忠を盡くさず、外は則ち諸侯朋を連ね與を合す、熟榖の人は則ち去り亡ぶ、故に天子其の權を失うなり」と。桓公曰く、「善し」と。
現代語訳
桓公が管子に問うた。昔、周人が天下を保ち、諸侯は服従し、名分と教えは天下に通っていた。それなのに下に奪われた。どういう数え方によるのか。管子が答えた。君が土地を分けて貢ぎを納めさせ、市と朝廷は同じ流れにあった。黄金も一つの手立て、江陽の珠も一つの手立て、秦の明山の曽青も一つの手立てです。これを、少ないものを多いとし、狭いものを広いとするといい、帳面から出てくるたぐいです。桓公が言った。天下の数え方は、帳面から出るたぐいで尽きるのか。いま国の穀物の値が十倍になり万物が安いとき、大夫が商人に言う。お前は私のために穀物を運んで財を集めよ、と。穀物の値はもと一であっても、いま九が余りになる。穀物が高く万物が安ければ、国の財の九割は大夫のところにある。国が毎年一を戻せば、財と物の九割はみな倍の値で出ていく。財と物が下にあれば、銭の九割は大夫のところにある。そうなれば銭も穀物も、余りは大夫のところにある。天子は客のように行き、令は時に応じて出るけれども、穀物に通じた人はいなくなり、諸侯がそれを受け入れて役に就け、仲間を連ね味方を集め、万物の値を上げ下げして民の入用に合わせる。内では大夫が自分のほうを向いて忠を尽くさず、外では諸侯が仲間を連ねて手を組む。穀物に通じた人は去っていなくなる。だから天子は実権を失ったのです。桓公は、よい、と言った。
解説
この章句が説くこと
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論語・雍也篇子曰く、觚、觚ならず。觚ならんや、觚ならんや。
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呂氏春秋・審分⑤故に其の實を按じて其の名を審らかにして、以て其の情を求め、其の言を聽きて其の類を察し、放悖せしむる無し。夫れ名は其の實に當らざること多くして、事は其の用に當らざる者多し。故に人主は以て名分を審らかにせざる可からざるなり。名分を審らかにせざるは、是れ壅を惡みて愈々塞がるなり。壅塞の任は、臣下に在らず、人主に在り。堯・舜の臣、獨り義ならず、湯・禹の臣、獨り忠ならず、其の數を得ればなり。桀・紂の臣、獨り鄙ならず、幽・厲の臣、獨り辟ならず、其の理を失えばなり。
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論語・八佾篇季氏、泰山に旅す。子、冉有に謂いて曰く、『子、止むる能わざるか。』曰く、『能わず。』子曰く、『ああ!曾て泰山は林放に如かずと謂えりや。』
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荀子・正名篇異形にして心を離れて交々喩り、異物にして名実玄紐たり、貴賤明らかならず、同異別たれず。是くの如くんば、則ち志に必ず喩らざるの患い有り、而して事に必ず困廃の禍い有り。故に知者は之が為に分別し名を制して以て実を指し、上は以て貴賤を明らかにし、下は以て同異を弁ず。貴賤明らかに、同異別たれ、是くの如くんば則ち志に喩らざるの患い無く、事に困廃の禍い無し。此れ名有る所以なり。
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呂氏春秋・正名①名正しければ則ち治まり、名喪わるれば則ち亂る。名をして喪わしむる者は、淫説なり。説くこと淫なれば、則ち可ならざるを可として、然らざるを然りとし、是ならざるを是として、非ならざるを非とす。故に君子の説くや、以て賢者の實、不肖者の充を言うに足るのみ。治の悖る所、亂の由りて起こる所を喩すに足るのみ。以て物の情、人の獲て以て生ずる所を知るに足るのみ。